【画像】<語る>至門遥 「力を与えられて描く 受難のキリストと聖母マリア」   2008年10月25日

【画像】<語る>至門遥 「力を与えられて描く 受難のキリストと聖母マリア」   2008年10月25日

  自己流で覚えた木版画で、聖書のシーンを絵にして楽しむようになったのは、50歳の時にプロテスタントの教会で受洗してからのことだった。
  しかし、描いていくうちに木版画では細かい線やグラデーションを出すのが難しいことが分かった。そこで細密でしかも大胆な描写が可能な銅版画を習得しようと思い立った。
それは会社を定年退職して時間に余裕が出来てからのことだから、銅版画工房で学んだ3年を含めて、私の銅版画歴はまだ8年にしか経っていない。
  わたしは化学出身のエンジニアであった。絵を描くようになったきっかけにあるのは、もともと「絵が好きだ」ということがいえるだろう。ルドンやシャガールの銅版画はわたしのお気に入りである。
  わたしのモチーフは聖書に関連したものばかり。それ以外のものにはほとんど興味が湧かない。しかも人物表現が主体となっている。いつの頃からか人の顔ばかり描く〝習性〟がついてしまい、なぜそうなってしまったのか自分でも不思議だ。

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