【画像】 椎名麟三の「たねの会」50年 記念礼拝で三枝禮三氏が説教 2010年4月24日

【画像】 椎名麟三の「たねの会」50年 記念礼拝で三枝禮三氏が説教 2010年4月24日

 1960年に椎名麟三が設立して以来、今年で50周年を迎えたプロテスタント文学集団「たねの会」は4月11日、記念礼拝と記念会を、椎名が66年に転会した日基教団三鷹教会(東京都三鷹市)で開催した。
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 礼拝では同会代表の三枝禮三氏(北星学園女子短期大学名誉教授)が「十分である」と題して説教した。
 三枝氏は、椎名麟三の愛唱聖句「その日の苦労は、その日だけで十分である」(マタイ6・34)を紹介した上で、33節の「神の国と神の義を求めなさい」を強調した。「神の国」とは神の支配を意味し、それはキリストにおいてすでに到来し始まっており、また「神の義」とはイエスの十字架において人間の罪を裁くと同時に赦して義としてくださったものであると解説。「神の国と神の義」は何よりも喜ばしい福音であると述べた。
 34節の冒頭で「明日のことまで思い悩むな」とイエスが言うのは、「神の国がすでに到来し、神の義がすでに与えられていることが今日告知されているからではないか」と述べ、「『神の国と神の福音に耳を閉ざすな』と言っているのではないか」と呼びかけた。
 その上で、「その日の苦労は、その日だけで十分である」の「苦労」には「悪」「天罰」の意味があり、イエスが平穏無事に暮らす我々の苦労をヨブの苦難と同じように「十分である」と言うのは、それが十字架でしか負いえなかったからだとし、「今日一日の苦労の十分さは、わたしたち自身の苦労そのもののことではなくて、今日わたしたちのすべてを背負っている主イエスの恵みの十分さに他ならない」と述べ、椎名もそのように聞き取っていたと語った。
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 礼拝後の記念会には、同会の会員やかつてのメンバー、椎名作品を上演してきた劇団青年座の関係者など13人が出席。椎名麟三の写真を前に懇談した。
 たねの会は、プロテスタントのキリスト者による文学運動として1960年4月、椎名麟三が佐古純一郎、高堂要らに呼びかけ、25人で活動を始めた。プロのメンバーだけで行われていた活動を一般にも広げるため、63年に第2次たねの会を発足。文芸雑誌「たね」の創刊や、演劇活動を開始するなど、活動の幅を広げていった。
 73年3月28日に椎名麟三が逝去。それを契機に高堂要が代表となり第3次たねの会が発足。翌年の椎名の命日に「椎名麟三を偲ぶ会」が催された。75年から偲ぶ会の名称を椎名の小説のタイトル「邂逅」にちなんで「邂逅忌」と名づけ、毎年命日に講演や椎名作品のミニドラマ・朗読劇の上演を行ってきた。
 2001年に高堂要が逝去し、翌年から現在の第4次たねの会が発足。09年、「邂逅忌」が36回目で最終回となり、今年たねの会が50周年を迎えた。同会は現在、会員10人と賛助会員で構成されている。

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