〝一人は万人のために〟今こそ 必要なのはマンパワー 現地レポート 2011年4月2日

 「恩返しがしたい」――阪神・淡路大震災を体験し、約140万人に上る多くのボランティアから人的・物的支援を受けた神戸の青年らが、「東日本大震災」の被災者支援のために立ち上がった。食糧などの物資を積み込んだ4㌧トラックを運転するのは、神戸国際支援機構代表の岩村義雄さん(神戸国際キリスト教会牧師)。「お金はないが、何かできることはないか」という青年からの訴えに応え、通行許可書を得て、宮城県に入ることを決断した。

 岩村さんは、「神戸が生んだ賀川豊彦の『万人は一人のために、一人は万人のために』の理念が生かされる時です」と話す。県内の被災地をめぐり、24日に帰路に着く。現地からの報告を一部掲載する。

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 石巻市内に入ると、眼前の光景に目を疑った。何十年、否、何百年と人々が住んでいた場所とは思えない。病院にたどり着くまで、沿道には転倒した乗用車がまるでプラモデルをひねりつぶしたようにひしめき合っている。メタンガスの発酵したような異臭が鼻をつく。さながら地獄絵図である。

 道行く人が無気力にとぼとぼと歩いている。ニュースとは異なり、目の前につきつけられた現実はあまりにも残酷である。5人の若者の談笑は止まった。沈黙が続く。

 目的地の病院は表玄関が使えないため、裏口から荷物を搬入する。院内のトイレも使用できず、外の仮設トイレに女性たちが寒い中列を作っている。病院に慌しくかつぎこまれる人。医師や、看護士たちの懸命な対応が診察を受ける人と対照的。光と闇である。希望を失った患者は、天井をうつろに見ている。戦場の最前線にある野戦病院を思わせる。

 避難している人たちのための暖房はないと言っていい。床から底冷えがする。持って行った物資で重宝したのは、ダンボールや緩衝材である。

 4㌧車のトラックに搭載した物資を被災地に届けるため、石巻専修大学にある物資受付集中センターに運搬すると、余震があった。一瞬、緊張が走った。

 神戸で耳にしていた赤ちゃん用のミルクや紙おむつは、余るほどセンターに届いていた。最も必要とされるのは、ガソリン、灯油などのオイル類であった。渋滞の最大の理由は、給油待ちである。

 センターでは、ガソリンや灯油を提供しようと車から少しでも見せるとパニックになるから、注意深くするようにと釘を刺された。

 人手が足りないので、釜石小学校へ直接向かうよう依頼された。避難所でもっとも必要なのはマンパワーであることが痛いほどわかる。神戸にいると、現地で一番喜ばれるのは義援金、つまり募金だと何度も耳にした。

 しかし、実際はお金よりも必要な急務がある。避難所などに物資を届けるボランティアだ。確かに、道路の復旧や家屋の損壊の回復、地域の復興には財政が多いに越したことはない。

 しかし、お金さえ払えば苦悩している人を慰められると考えるのは、富んでいる者たちのおごりではないだろうか。失望している被災者は、ボランティアが痛みつけられた自分たちを気遣って、遠路やって来たことが大きな慰めなのだ。

 政府首脳はどうしてそんな基本的な人間の欲求に気付かないのだろうか。自衛隊や地域の役場、消防隊などに任せきっていいものだろうか。拝金主義の欠陥が瀬戸際に立たされている被災者にも襲いかかっていると言えないだろうか。お金では人の心は買えないということだ。

 釜石小学校の校庭は黒い津波に弄ばれた自動車がこれでもかと打ちつけられていた。劣悪な環境で、被災者は身を寄せ合うようにひしめきあっている。衛生状況はひどい。トイレは水が出ないため、たった11日前まで子どもたちが使用していたとは想像できないほど変貌していた。病弱な高齢者が何日も過ごせる状況ではない。

 校長先生をはじめ、先生たちの疲労は極限に達している。ストーブと灯油に対して、何度も頭を下げておられた。学校の周囲は黒い泥をかぶったせいか、どの家も原形を留めていない。

 今回の東北関東大震災の支援部隊の訪問の目的は、物資の運搬と、5人の若者による阪神・淡路大震災の「恩返し」、つまり奉仕活動である。女川町に来る途中、サービスエリアで散乱している空き缶やペットボトルを整理してきたが、被災した街で何ができるかは初めての挑戦である。

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 報道では見えにくい過酷な状況がある。現地で復旧作業にあたっているのは、地元役場の比較的若い職員たち。だが、重機が足りないため作業もはかどらないという。

 「教会も内向きでなく、弱者のために何ができるか真剣に考える必要があるのではないか」と、岩村さんは話している。

(写真撮影:岩村義雄・坪井智)

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