戦後70年企画連続インタビュー■8■ 安海靖郎氏(東京めぐみ教会牧師) 宣教の地で知った平和の尊さ 2015年11月21日

 本紙創刊から7年目の1953年に掲げられた本紙標語「平和憲法を護れ」「再軍備絶対反対」は、その後も変わることなく題字と共に掲載されてきた。戦後の安全保障をめぐり大きな転換点を迎えた70年目の日本。この国と教会の行方を識者に問いつつ、キリスト教ジャーナリズムのあり方を読者と共に模索したい。8回目はインドネシアの地で長く宣教に従事した安海靖郎さん。

――戦後70年という節目にあたって思うことを。

安海 敗戦時は3歳でしたので、個人的な戦争体験としては、空襲警報が鳴り布団をかぶってトンネルに逃げ込んだという記憶ぐらいしかありません。ただ、戦後の貧しさは鮮明に覚えています。ご飯の代用食だったうどんや芋は、結婚するまでどうしても好きになれませんでした。福島県の田舎でさえ食糧難でしたから、母は農家からお米を買うために着物を売るなど、かなり苦労したようです。

 国内では、学校でもあまり教えられませんでしたから、戦争を強烈に実感したのは、むしろ宣教師として海外に渡ってからのことです。

 1972年、日本軍が3年半にわたって支配したジャワ島に宣教師として赴任した当時、会う人ごとに戦時中の体験を聞かされました。現地の「兵補」「労務者」として従軍し、毎朝「宮城遥拝」をさせられた方々です。年配者は皆、片言の日本語が話せました。

 現地の牧師夫妻と同じ家に住み、土地の風習などを教わりながら宣教に従事していたのですが、しばらくして、そのお連れ合いから「実は父が日本人に殺された」と打ち明けられました。衝撃でした。そういう怨念がありながら、わたしたち家族にも優しく接してくださっていたのです。

 カリマンタンで華僑の多い教会に牧会を依頼された時は、17人いる役員のうち、3人が父親を日本軍に殺されていました。代表役員もそのうちの1人で、「実はわたしたちも先生に牧師になっていただく上では躊躇があった」と明かされました。「日本軍が大量虐殺を行ったポンティアナック(西カリマンタン州の州都)には、何をされるかわからないので絶対に行かない方がいい」と忠告されたこともありました。

 1980年前後、世界宣教の会議のために初めて韓国に行った時のことも忘れられません。通訳してくださった韓国人の牧師から、戦時中に投獄された経験を聞かされました。わたしは講壇で、正直に「日本軍のしたこと、戦争の愚かさを初めて実感しました。日本人の一人として恥ずかしく、お詫びの言葉もありません」と打ち明けました。すると、その牧師の態度がまったく変わり、その後も長く親しい交わりがありました。

 数年後に宣教師の訓練セミナーに招かれた際には、講壇の最前列に座った長老が露骨に顔を背けていました。最終的に彼らが受け入れてくれたのは、宣教師としての働きを理解してくれたからです。韓国での経験が、いかに平和が大切かということを知る契機になりました。

福音の普遍性は民族・国境を越える

――本紙が「平和憲法を護れ」「再軍備絶対反対」という標語を掲げてきたことについて。

安海 今日でも戦争に至る歴史がしっかり教えられていません。「マス」の関心に応えるのが「マスメディア」だとすれば、「キリスト新聞」の使命はキリスト教的な視点、哲学、思想の基盤、聖書の歴史観に基づいて将来を見通し、現代のあるべき姿、社会、国家を提示していくことです。将来の日本にとって何が大切か、戦争をしないという生き方がどんなに意義深いかということを、キリスト教界の中にも伝えてほしいと思います。

 総理大臣が堂々と「美しい国」「道徳的で勤勉な国」と言い始めるのは危険だと感じています。自身の文化の優越性を主張し始めるのには目的があります。日本ではご飯を箸で食べるのが当たり前ですが、インドネシアではフォークとスプーンで、普通の家では手で食べます。でも、その違いに優劣はありません。異文化に触れて初めて、自文化を客観的(パースペクティブ)に見つめることができるのです。

 「攻められたらどうする」とよく言われますが、日本はかつて侵略し、支配し、虐殺したという過去を忘れてはいけません。そうした歴史の上に今日の日韓関係や日中関係もあるわけで、それを軽く考えてはいないでしょうか。やった方は忘れるかもしれませんが、やられた方は忘れません。

 逆に、やったからこそ「やられるかも」という過剰な防衛意識が働くのではないでしょうか。南京大虐殺はなかったという声が教会の中からさえ出てくるというのは、由々しき事態だと思います。

――今後の教会のあり方についてご提言を。

安海 個人的に、見解の分かれる政策的な課題について講壇から語るのは控えるべきだと思いますが、平和や命の尊さなど、預言者的使命としてみ言葉の真理を語ることについて躊躇することは逆に危険だと思います。戦前の過ちを繰り返してはなりません。

 日本の教会の現実が厳しいのも事実ですが、福音の持つ普遍性は民族や国境を越えています。人間は生まれながらの弱さで、自分のことしか考えられないという傾向がありますが、神は救済史の初めから、すべての民族が祝福を受けると宣言されています。

 すべての民族に伝えていく中で、かえって自分の使命も果たされるという栄光がある。福音を通して働く神の働きの豊かさや多様さを狭めないためにも、み言葉の確かさを教会が持っているかどうかが鍵ではないでしょうか。

――ありがとうございました。(聞き手 松谷信司)

 あつみ・やすお 1942年福島県白河市生まれ。埼玉大学、聖書神学舎卒。浦和福音自由教会牧師を務めた後、72年から17年間インドネシアで宣教師として活動する。現在、東京インドネシア教会主任牧師、東京めぐみ教会世界宣教担任牧師。ラジオ番組「世の光」、テレビ番組「ライフ・ライン」メッセンジャー。著書に『信仰と希望と愛』(一粒社)がある。

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