知里幸恵演じる女優・舞香さん 「笹塚ファクトリー」最終公演から新たな一歩 2016年4月2日

 自身の出自であるアイヌ民族の口承文芸(カムイユーカラ)を記録し、ローマ字と日本語に訳した『アイヌ神謡集』の著者であり、キリスト者だった知里幸恵(1903~1922)の生涯を一人芝居で演じている舞台女優舞香さん=写真
 彼女が脚本と演出を手掛け演じる舞台『神々の謡~知里幸恵の自ら歌った謡~』は、2009年に笹塚ファクトリー(東京都渋谷区)で産声を上げ、以後北海道を中心に各地で上演されてきた。

 3月末で閉館した笹塚ファクトリー(東京都渋谷区)で3月12日、「笹塚ファクトリーさよなら企画」と題し、同作品が上演された(作・演出・出演=舞香、音楽・唄・演奏=いわさききょうこ)。
 同所での最終公演、またフルバージョンを東京で上演する予定は当面ないこともあり、会場は満席。約100人が舞香さん演じる「知里幸恵」を観ようと詰め掛けた。
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 舞台奥中心の天上から、十字架のような形の布が掲げられている。見ようによってはアイヌの森の大木にも見える。アイヌ人でありキリスト者であった知里幸恵の人生を象徴しているようだ。左側下手にはいわさきさんと電子ピアノが控える。
 時は明治の終わり。アイヌの少女知里幸恵が北海道幌別郡(現・登別市)の森の中で、神様(カムイ)でもあるフクロウの子どもと会話をするところから物語は始まる。
 舞香さんは、舞台上をくまなく動き回りながら、知里幸恵と彼女の人生を巡る人々を様々な声音で演じ分ける。舞香さんの機敏な動きもさることながら、刮目すべきは七色の声音であろう。1人の人間がこれ程いくつもの種類の声を持つことに驚嘆する。
 圧巻なのは、口承文芸であるカムイユーカラを文字にしてしまうことへの、幸恵の激しい葛藤の一幕。口承文芸を文字にしてしまうことで、かえって最も大切なものが失われてしまうのではないか。幸恵は自身の魂の奥底から悩み悶える。その時これまでの苦渋に満ちた人生への不満が初めて噴出し、幸恵が最も人間らしさを露わにする場面となっている。
 「アイヌ神謡集」の校正を終えた夜、幸恵は神に召される。激しい差別、両親と暮らせない幼少期、病身の身、早すぎる帰天。そのすべてを受け入れ何も恨まず19年の人生を全うする幸恵の姿に、客席からは多くのすすり泣きが漏れた。
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 2時間半の公演の後、舞香さんは本紙のインタビューに答えてくれた。
 舞香さんは、まず、キリスト者である主人公を演じるにあたり、唯一神であるキリスト教と、多くの神々がいるアイヌ文化を幸恵がどう折り合いをつけていったかを考えたという。

 知里幸恵は、アイヌ人と和人(アイヌの立場から見た日本人)の間で、生みの母と育ての母(叔母)の間で、アイヌ語と日本語の間で、そして自身はアイヌ人であるがキリスト者という、すべての事柄において狭間にいた人物。
 「おそらくキリスト教の『みんな平等』であるという教義が、彼女の力となり、キリスト教もカムイ(アイヌ語で神格を持つ霊的存在)も溶け合うものとして、彼女の中で折り合いがついたのだろう。幸恵にキリスト教があってよかった」と舞香さんは語る。
 これまで教会でも上演してきた舞香さん。まずは知里幸恵という、前述のような狭間の立場の人間が、キリスト者の観客に受け入れてもらえるのか不安だったという。しかし観客から、カムイやキリスト教についての幸恵の悩みが自分の葛藤と重なったという意見が多く寄せられ、不安はなくなったという。

 幸恵は聖公会出身だが、東京に出てくると、1日3回も教会をはしごするなどして、一つの神を信じるにあたって、なぜ教派の違いがあるのかを調べていた。
 そんな幸恵を演じる舞香さんも「10人20人規模の教会でも、教派を問わず呼ばれたら演じる用意がある。ぜひ呼んでほしい」と抱負を語った。

 3月末で舞香さんの「青春のすべてが詰まっている」という、ホームグラウンドであった笹塚ファクトリーが閉館した。
 そのことについては「すでに自分の周囲は動き始めている。だから自身も動かざるを得ないだろう。ここがなくなることで、新しい一歩が始まる」と語った。
 問い合わせはシアターリパブリック(℡042・373・1755)まで。

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