【画像】 神の国の実現目指したヴォーリズ 明治学院礼拝堂100周年、芹野与幸氏が講演 2016年12月25日

【画像】 神の国の実現目指したヴォーリズ 明治学院礼拝堂100周年、芹野与幸氏が講演 2016年12月25日

 明治学院礼拝堂(東京都港区)の献堂100年を記念して、一粒社ヴォーリズ建築事務所史料・広報室長の芹野与幸氏を招いた「一枚の結婚式記念写真が語りだす物語 1919年、明治学院チャペルにて」と題する講演会が11月5日、同礼拝堂で行われた。同学院歴史資料館の主催。
 1919年6月に同礼拝堂で、建築設計に関わったウィリアム・メレル・ヴォーリズと子爵令嬢であった一柳満喜子との結婚式が挙行され、当時の新聞でも取り上げられ「明治学院の歴史を飾る一つのエポックとして今日でも語り継がれている」と芹野氏は語った。
 ヴォーリズは、1880年に米カンザス州に生まれ、1905年に英語教師として来日後、日本で数多くの西洋建築設計、特にキリスト教主義学校の建築を手がけた。建築家でありながら、滋賀県の近江八幡を拠点にヴォーリズ合名会社(現近江兄弟社)の創立者の1人としてメンソレータム(現メンターム)を日本に普及させた実業家でもあり、製薬、医療福祉、教育など多方面にわたる事業を行った。また、YMCAや「近江ミッション」といった宣教活動を通して、信徒の立場でキリスト教の伝道に従事した。讃美歌などの作詞作曲も手がけ、「ハモンドオルガン」を日本に紹介するなど、音楽についての造詣も深かった。
 ヴォーリズと満喜子が結婚した後、太平洋戦争を経て、マッカーサーや天皇家との関わりがあったことを芹野氏は述べ、現在の天皇もヴォーリズと親交があったことを紹介した。ヴォーリズは戦争が始まる前に日本に帰化し、満喜子夫人の姓をとって一柳米来留(めれる)に改名。芹野氏は「チャペルは、学校としての教育の器として建物であることを越え」「神の国の実現を目指していた彼の物語」があると語った。

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