銀座の「名所」また一つ… 聖書図書館 37年の歴史に幕 2017年7月21日

 「日本で唯一の聖書図書館」として、東京・銀座で1980年の開館以来37年にわたり運営を続けた聖書図書館が、この6月末に閉館した。535言語、5300点を超える聖書や関連の辞書、研究書を収蔵する同館には、東京駅からも徒歩圏という絶好の立地も手伝って、各地から研究者や見学者が絶えなかった。同館では、世界各地で参照されてきた貴重な聖書群のほか、死海写本の羊皮紙複製やトーラー実物(ユダヤ教聖典)などの展示公開も行ってきた。

閉館前に300人 惜しむ声も

 図書館というには一見こじんまりとしたワンフロアに収まる聖書図書館がもつ真の奥行きは、たとえば収蔵されるモンゴル語聖書の多層性によって示される。英国外国聖書協会の英字サンクトペテルブルク版、キリル文字版、蒙古文字版、漢字版……。地域と時代とを隔て、誰かのために、誰かによって作成された聖書たち。オリジナルの言語の表記文字が幾通りにも及び、その逐一が異なる史的人的文脈を背負っていく。「聖書」への一点特化が可能とした、水平・垂直全方位へと拡がる無限時空への入り口がそこには開いていた。

 日本の近世・近代史を体現するような収蔵聖書も数多い。イギリス琉球海軍伝道会士ベッテルハイムによる片仮名主体の琉球語訳聖書(1846年)や漢和対訳聖書(1858年)、英国教会宣教会の宣教師ジョン・バチェラーが編んだ英字表記のアイヌ語訳聖書(1897年)などは、近代以降に方向付けられた「日本」イメージの輪郭を揺るがせるに足る迫力を放つ。オランダ海外伝道会の宣教師としてバタビアに入ったのちマカオへ移り、日本人の漂流漁師から日本語を学んだプロシア生まれ のカール・ギュツラフによる約翰福音之傳(ヨハネ福音書)は、現存する最古の和訳聖書(1837年)として知られる。聖書図書館では、世界で現存が確認される16冊のうち2冊を所蔵する。

 漢訳聖書の漢字と日本語聖書の漢字との用法比較、漢訳聖書書名の日本語聖書への影響などをめぐっては、日本国内のみならず韓国、台湾等からも調査のため研究者が来館した。中国では文化大革命時に聖書は焼かれてしまい、奥地へ行っても古い聖書は見つからない。聖書図書館蔵書はオリジナルの漢訳聖書に加え、マイクロフィルムのプリント製本や他館聖書の複写製本なども有するため、漢訳聖書調査のため訪れる研究者は多かった。

 また、訪問者の目的はキリスト教関連の調査・閲覧に限定されず、夏休みの課題制作のため訪れる小学生から、研究実績の分厚い聖書目録を利用して数世紀前に存在した印刷会社の痕跡をたどる研究者、装丁デザイン史の研究者までと多様であった。

 一般に広く開かれ、いつでも無料で利用可能な私立の専門図書館が、都心の一等地で運営を続けてきたことの文化史的・社会的意義は特筆に値する。長年司書を務めた高橋祐子さんはこう振り返る。

 「宣教師として外国の地に赴き、生活し、言語を習得し、辞書を作り、現地の人と共に数十年をかけて翻訳し出版される多くの聖書は、日本の洋書を扱う書店に並ぶことがほとんどありません。聖書図書館には翻訳をした方たち、その母体となる団体から聖書協会に直接届けられた聖書も多くあります。閉館前最後の1週間は来館者が300人を超え、『素晴らしい図書館』『残念』というお声を多くいただきました」

蔵書は青山学院大学の新設図書館へ寄贈

 研究者をはじめ、多くの惜しむ声がある中、今回の閉館および移管に至った理由として、世界中の幅広い年代の蔵書を保存・管理する上で、温湿度管理と防虫、ほこりの除去などのクリーニング、外気や光から守る中性紙箱への収納などの保護措置が必要であり、そのための措置にかかる技術、人手、費用が挙げられている。

 同館の閉館に伴い、収蔵聖書の多くは青山学院大学に今後開館予定の新設図書館へ寄贈され、元聖書図書館所蔵聖書として公開される予定。高橋さんは、「私学の潤沢な費用で高機能に設計される新設図書館に保存管理した上で、存在を広く告知し、多くの学生の学びと研究者の調査研究のために、利用しやすい環境が整えられることを期待しています」と話す。

 今後、聖書図書館があった銀座の聖書館ビル7階には展示室が設置され、蔵書の一部が引き続き展示公開される。また今年9月12~17日には、日本基督教団銀座教会東京福音センターで開催される宗教改革500年記念展示会において、関連の蔵書展示が計画されている。問い合わせは同協会(℡03-3567-1988)まで。

(ライター 藤本徹)

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