【伝道宣隊キョウカイジャー+α】 「イエスさまやかみさまのそんざい」 キョウカイゴールド(2代目) 2019年5月1日

 新年度に入り、新体制の中で毎日が慌ただしく過ぎていく。今年はクラス担任の業務からも離れ、また違う立場で子どもたちと向き合っている。子どもたちの成長を間近で見られる担任の仕事こそ面白い! と思っていたが、担任とは違う立場で教室に入ってみると、また違った面白さがあり、違った景色が見えてくる。

 現在の働きは、主に担任のサポートをすることだが、子どもたちは担任には言いづらいことを伝えにやってくる。「〇〇が痛い」「〇〇を忘れた」「〇〇してほしい」「〇〇するにはどうすればいいのか」と。担任は予定されている1日のスケージュールをこなすために、次から次へとやることに迫られ、急がなければならないので、子どもたちもそのことを感じているのだろうか。子どもたちが私の元にやってくるそんな時には、ゆったりとした気持ちで寄り添ってあげたい。

 昨年度の学年末に3年間聖書の学習(そこには礼拝も含む)をした子どもたちに、聖書の授業に対する思いを聞き、文章で答えてもらった。子どもたちへの質問は、「イエスさまやかみさまのそんざいは、みんなにとってどんなものですか?」というもの。今回は、子どもたちが抱いているそれぞれの思いをいくつか紹介したいと思う。

・わたしは3年間せい書をやってきて、イエスさまのそんざいは、愛だと思いました。イエスさまは、体がふじゆうな人をなおしてきたから、愛をささげているように感じました。
・わたしは、イエスさま、かみさまは、目には見えないけど、本当にいると思います。そして、わたしはイエスさま、かみさまを大人になってもしんじたいです。
・イエス様や神様は、とてもやさしくて、いけないことをしたときはきちんと「やめなさい」とやさしく教えてくれる、よいかただと思います。
・この3年間イエス様について、いっぱいべんきょうしました。きっと今も天の上で生きていると思います。
・イエス様や神様のそんざいは、人へのあいだとぼくは思いました。神様はずっとぼくたちにあいを送っているのだなと思います。

 特に多かったのは、イエス様・神様の存在を「愛」とするものであった。自分にとってのイエス様・神様の存在を子どもたちなりに考え、文章で自由に意見を述べることができているように思った。

 また、ここに挙げた子のキリスト教との関わりについて考えてみると、5人のうち4人が小学校で初めてキリスト教に触れた子どもたちであった。キリスト教に触れることが幼児期ではなく少年期に入ってからでも、イエス様・神様の存在を感じたり疑問に思ったりすることができ、自分が抱いている思いを小学生なりに表現することができていた。

 キリスト教を柱とする学校があるにもかかわらず、教会へつながっていく子どもたちが少ない状況は、目を背けたくなる現実だが、学校においても教会においても、これからも根気強く神様のことを伝えていこうとする力をもらったような気がする。キリスト教を柱とする学校でのキリスト教教育と、教会のそれとは比較できないが、子どもたちの持つ可能性に目を向け、これからもイエス様・神様の存在を伝えていきたい。

キョウカイゴールド(2代目)
 金刺羊子(かねさし・ようこ)キリスト教主義の小学校で〝こひつじ〟たちを放牧する癒し系ひつじかい教師。時には保護者のひつじかいにも変身。イエス様のファンクラブが、子どもたちから家庭へと少しずつ広がっていくことを目論んでいる。武器:喜怒哀楽に合わせてコロコロかわる表情/必殺技:褒めホメ攻撃/弱点:虫

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