【トナリビトの怪】『アーギュメンツ#3』波勢邦生 

 「販売は手売りのみ」という驚くべき方法ながら、多士済々な執筆陣によって話題を集めた批評誌『アーギュメンツ』完結から3年。日本語キリスト教の可能性を論じた同誌掲載「トナリビトの怪」を本紙にて全文公開する(再掲)

  1. 地球をつかむ神の手
  2. キリスト教と弱い主体
  3. 世界民俗学とキリスト教
  4. 怪談「ジーマー」
  5. 怪談の形式と啓示の形式
  6. ダニエル書における二つの謎
  7. 太平洋弧に立つイエス
  8. 遅れた解題とあとがき

 昨年11月、93歳で祖父が死んだ。三島由紀夫と同世代だった。日蓮宗の地元寺で総代まで務めた祖父と、17歳の夏にキリスト教徒になったぼくは仏壇に手を合わせるか否かという瑣末なことで口論したことがある。棺に眠り、花に包まれて、白く熱い、乾いた骨となった祖父を前に、ぼくは手向けとして十字を切ったのちに「父と、子と、聖霊の御名によって」3度、焼香した。

 この10年間を振り返る。気がつけば、ぼくは神学とキリスト教学の修士号を得て、現在、キリスト教学の博士課程にいる。ひとつ不思議な話を思い出した。ぼくが神学修士のために渡米する前に、祖父が危篤になった。1週間ほど意識がなく、その間、祖父は夢をみた。その夢の中で、誰に会ったのかは分からないが、渡米するぼくに彼はいった。「話はつけた、おまえのことはおまえの神様にまかせることにした」。また晩年の祖父に、90を数えた人生について聞くと「夢だった」と笑って答えた。

 ぼくは、キリスト教信仰を告白せずに死んだ祖父が天国でないどこかへ行ったのではないかと不安になった。聖書を厳密に解釈しても、強く確信めいたことを語ることができない。ただ祖父の死は、ぼくにとってキリスト教の根幹である「十字架の死と復活」の意味をより深化させる象徴形式として機能した。祖父の死は、ぼくの信仰的実存にとって、もっとも重要な要素の一つとなった。異教徒である祖父の死が、キリスト教徒であるぼくの信仰の本質的補完となり一部となったのだ。

 ありうべからざる不思議な経験だった。だから、その意味について考えている。

 

地球をつかむ神の手

 ぼくは14歳で誰に誘われるでもなく、聖書を読もうと思いたち教会に通うようになり、17歳の夏に信仰をもった。どうして、どのように信仰を持ったのかは未だ説明できない。ゆえに「キリスト教とは何か」という問いを20年追いかけてきた。

 キリスト教とは何か (1) 。学問的には「キリスト教は多様な聖書的伝統」であり、教義的には、神のことばである聖書、聖書に示された三位一体の神、その神の御子キリストの二性一人格を信ずるものが、キリスト教である。しかし、ぼくのことばで言えば、それは地球をつかむ神の五指だ 。

 ここで素描されようとしているものはなんだろう。それはキリスト教の伝達過程だ。地理的には複雑な歴史的経路をたどっているが、比喩として考えたい。地中海を掌として、そこから伸びた五つの教区、その歴史的総体を指としよう。いわゆる五大教区とは、ローマ、コンスタンティノープル、アンティオキア、エルサレム、アレクサンドリアを中心とした古代の巨大都市文明とその末裔たちの思想的伝統だ。キリスト教は、神の手として地球をつかんでいる。

 人間の五指の形と役割が違うように、人類と世界は、各伝統の中で神と接触した。神の五指は六大陸文明史の動態において積極的にも消極的にも機能した。『教会史をみなおせば、環地中海地域の時代、環大西洋地域の時代、そして環太平洋地域の時代と区分されるであろう。そこには中心の移動があり、問題領域の拡大がある。しかし、環太平洋地域の時代は最後決定的』だという意見もある (2)。

 神の掌を地中海沿岸弧とすれば、五指の頂点をつなぐ弧が太平洋のかたちとなる。2016年夏、コプト正教会が京都で正式に教会を開いたことで、五代教区の伝統が日本列島に到達した。しかし、いずれのキリスト教であれ日本において浸透しているとは言い難い。つまり日本の文化と言語は、神の掌と向き合うように、神の指の隙間にある。

 祖父を含む多くの日本人が、この神の指の隙間で死んでいった。救われるために必要なニカイア・コンスタンティノポリス信経を告白することなく、そんなものを知る由もなく、彼らは死んでいった (3)。では、彼らはどうなったのだろう。主体的に神を知らなければ救われないのか。超越と対峙し自己を形成した主体でないことは罪を意味するのか。

 大まかに言って、ぼくは神の指とその隙間を包摂するより大きな可能性を考えている。キリスト教が、古代地中海世界から煙り立つ普遍性の一つのかたちであるならば、それが零したものさえ包含するもの、すなわち環太平洋弧から伸びあがる可能性を考えたい。

 現在もなお、多くの国々で人間のあるべき姿として喧伝される強い「主体」――すなわち西洋近代的自我――ではないもの、その地平を視野に入れたものである。それは「ありうべからざるもの」を包摂し、ぼくのように西洋近代的自我を重過ぎると感じている人々への福音となるだろう。

 イエスは預言書を朗読して言った (4)。

主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである。

 福音書の記者ヨハネは、薄れゆくマタイ、マルコ、ルカ、共観福音書世代の記憶を補完するために新たに福音書を記した。今では存在さえ確認することのできない数多の福音書が綴られ歴史とならず波間に消えた。だから、ぼくも時代の要請に応えて、神のことばを書き記そう。地球を掴む神の指、その隙間からこぼれたものたちへ。神は彼らと共に立ち上がる。

夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。
けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった。(5)

キリスト教と弱い主体

 神の指と太平洋弧でせめぎ合う問題は、西洋的なるもの――キリスト教と近代化――である。ぼくは、太平洋弧における「遅れた近代」を考えている。ある言語・文化圏における遅れた近代化とキリスト教受容の仕方は、その社会が西洋近代的自我を「主体」としてインストールしてゆく過程と、軌を一にしている。「超越・啓示・主体」という社会的形式。ぼくはそこに、「主体」になりえなかったものの存在を捉えようと思う。それを、ここでは便宜的に「弱い主体」としよう。

 「弱い主体」とは、近代市民社会を構成する「主体」に成り得ずに排除されたもの、または主体化以前の人間性である。たしかに、創世記のエデンにおいて、神は人に問うた。「あなたはどこにいるのか」。

 「神の声」としてのキリスト教が現象するとき、必ず「主体」が問題になる。それは西洋近代的自我として想定されやすい。しかし「神の声」が要請するものが、自由と責任を引き受け、行為と意思の「主体」としての西洋近代的自我だけとは限らない。西洋的なるものを普遍として騙るキリスト教の一部は、これを西洋近代的自我として、まさに喧伝してきた。しかし、別の主体のかたちもありうるのではないか。

 環太平洋域から考えるなら、相当に多くの言語圏と文化を扱わねばならない。しかし、その紙幅もないので、日本語でキリスト教について考えてみたい。なぜなら、日本語は英語やドイツ語のようにキリスト教と歴史的に一体化した言語ではないからだ。だから、まず「西洋的なるもの」に直面した日本を隣接文化圏と比較し、現地語キリスト教の行方を参照したい。

 具体的には、米国文化と密着したプロテスタンティズムと直面したハワイ、日本、沖縄を考えられよう。プロテスタンティズムとは、一個の個人による聖書解釈の総体であり、それによる記述の分岐、すなわち明確な言語化である――それは非言語的な要素を背景化してしまう。

 結果的に米国の一部となりキリスト教化したハワイと、植民地化を免れキリスト教化されなかった日本は対照的だった。当然、間に沖縄を入れることができる。ハワイ、日本、沖縄と並置することで、それぞれの歴史的位置が明確になる 。

 まず遥かな隣人ハワイの事例を考えてみたい (6)。ハワイ人は、キリスト教を通じて「西洋近代的自我」と取っ組み合いの相撲を取らざるを得なかった。結果は、約40万の人口が約一割にまで減るという出自アイデンティティ自体の揺らぎであり、ハワイ文化とキリスト教の混淆形態という現在にいたる歴史である。

 その中で芽生えた可能性もあった。元ホノルル判事ジョセフ・カオナによる1867年以降の千年王国運動と叛乱は、キリスト教化されアメリカナイズされるハワイで、キリスト教をハワイ化する試みだった。またハワイの伝統的宗教職カフナは、現地語の豊穣な口頭伝承世界を保っていた。

 キリスト教徒でありながらカフナである人々も現われたが、英語公用化と学校教育によって、また教会からの抑圧によってカフナはハワイ王国の崩壊、米国に編入される過程で、人々との接続を失った 。ハワイ固有の「弱い主体」の世界は、ほぼ失われたのである。太平洋をこえて来た聖書解釈に固執する米国プロテスタンティズムはハワイ語の口頭伝承世界を上書きしてしまった。

 では日本ではどうか。日本語キリスト教といえば、内村鑑三と無教会、波多野精一と京都学派など、偉大な蓄積がある (7)。また『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』で紹介され論じられた様々な日本的キリスト教のかたちを思い出す人もあるだろう (8)。しかし、いずれにせよ、京都学派も日本のキリスト教も、その戦時中のふるまいの是非を含めて、これらは西洋近代的自我と主体性を求めるものであった (9)。

 日本語キリスト教はその歴史ゆえに「主体」的にならざるを得ない。なぜなら、そこでキリスト教は近代化のための文化表象として、卓越した近代人の宗教として喧伝され、他の宗教を貶めるような形で輸入されたからである。これは遅れた近代化を経験した多くの文化・言語圏においても同じであるが、日本は独立を保ったまま近代化を行った (10)。

 ハワイ、日本、沖縄を含む「遅れた近代化」の波を被った文化・言語圏には、神の声によって起動する西洋近代的自我の前に、多声的な世界の広がりがあった。では、主体的でないがゆえに、歴史に残ることのない「弱い主体」の声をどうすれば汲み出せるのか。西洋近代的自我に直面することで追いやったもの、そうしてもなお、まとわりつく口頭伝承世界にあるような土着の声と、どうすれば再接続できるのか。

世界民俗学とキリスト教

 ぼくは、その方法を民俗学に求めたい。なぜなら民俗学は、その泰斗・柳田國男に象徴されるように素朴な「聞き書き」という方法で、人々の消えゆくことばを保存しようとしたからだ。民俗学者・常光徹は、このように語る。

私たちの目の前の生活がなぜこのようなあり方をしているのかという関心や疑問に対して、伝承という営みに注目しながら、その背後に横たわっている意味やしくみ、また、それがどのような関係性のなかに成立し機能しているのか、そして、現在に至るまでの移り変わりの姿、そこに込められた人びとの心意や知恵・技といった事柄を聞き書きなどの方法を用いて明らかにしていくのが民俗学だと考えています。(11)

 また民俗学者・篠原徹は、民俗学を人文社会科学の各専門に細分化しても、なお残るもの、「雑」としか名付けることのできないものを扱えるのが民俗学だとした。

私はこの雑こそが民俗学だと思っている。文化・社会・歴史という集合から制度的に確立したものからの残余の集合を民俗学の領域であると考える。(12)

 ほぼ近代化が進んだ現代では、口頭伝承世界のような土着の声は、雑や残余として扱われることになる 。しかし、近代化とキリスト教に直面した直後の柳田國男は、そうは考えなかった。彼は、近代化に際して取りこぼされていくもの、排除されるようなものに目をとめ、それらの可能性として、世界民俗学を構想していた (13)。

 近代日本史学者・田澤晴子によれば、1910年代から30年代初頭にJ.G.フレイザー『金枝篇』の影響下で、柳田は欧州の「穀霊」信仰と日本の「田の神」「山の神」信仰に共通項をみて、民間信仰を取り込んだ普遍宗教の典型としてキリスト教を考えた。1933年の『桃太郎の誕生』おいては、「桃太郎」「瓜子織姫」など複数の日本昔話に言及しつつ「神人通婚」「童貞受胎の神話」の二つが、世界宗教以前の民間信仰の形式であるとした。

 つまり柳田は、近代人のための卓越した宗教として輸入されたキリスト教を、欧州だけでなく日本にも存在する前近代的な民俗事象を吸収し、歴史的結果として世界化したものだと見透かした。

 具体的には、母子神に世界共通性があるとして、日本の「固有信仰」、土着の声を見ていた。この場合の「固有信仰」は神道や日本神話にみられる、時と場所に応じた巫女の託宣を基礎にする多種多様な信仰の展開と温存、死後ではなく現世の幸福を課題とする特徴を意味する。

 柳田はこの形で、日本語が世界の民俗学研究に独自の貢献を果たすと考えた。近代化が遅れたからこそ残存した民俗事象は、西洋中心の神話学や民俗学への発展的貢献の足がかりであった。またキリスト教を「文明」とし、前代の民間信仰を「野蛮」とした西欧社会の価値観に染まっていない日本人こそ「固有信仰」への客観性を持ち得ると考えた。

 すなわち柳田は、迫り来る普遍性を主張する「西洋的なるもの」と、自分が立つ日本の「固有信仰」に共通項を見出した上で、キリスト教と近代を基礎づけ構成する歴史性を逆手にとって、日本的民俗事象が持つ歴史性から普遍性の意味を変換した。

 結果、普遍そのものが相対化されて「固有信仰」は複数の普遍性の別名となる。当然、当時の「日本」観や「キリスト教」観そのものが現代では批判にさらされて然るべきである (14)。

 しかし、ぼくは考える。彼の構想は、言語を解釈し、社会と歴史を記述して形成するプロテスタンティズム的主体の集合による普遍性ではなく、ただ消えゆく可変的な市井の声が反響し残響し続ける世界の可能性を示してはいないだろうか。

 柳田が、固有信仰と民俗学で以て、キリスト教と近代化を包摂しようとしたその先には何があったのか。ぼくは柳田の世界民俗学の仔細の是非ではなく、それがはるかに眺望していた地平の向こうに興味があるのだ。

 そこで柳田の薫陶を受け、折口信夫に師事した民俗学者・今野圓輔のことばを召喚したい。彼は「怪談」専門家だ。彼によれば怪談とは、近代社会において『ありうべからざるものを、実際に経験する、といった人間生活の不思議』である (15)。後ほど詳述するが、僕はこの「怪談」に、神の手から零れ落ちてしまったものの声が潜んでいると考えている。

 米国プロテスタンティズムとハワイのカフナ、日本の近代化と固有信仰。ハワイと日本で衝突する西洋近代的自我と、弱い主体が和解する地点はないのだろうか。ぼくはここで沖縄の怪談を参照したいと思う。

 なぜなら沖縄こそ、太平洋戦争という、日米がその近代化と「固有信仰」を賭けて衝突した戦場であり、結果、近代化を経たいまもなお戦争にまつわる「ありうべからざるもの」への想像力が残る土地だからである。

怪談「ジーマー」

 作家・小原猛は、沖縄に語り継がれる怪談や民話、伝承の蒐集家である。渉猟はもちろん、実際にフィールドワークを行っている。ありうべからざる経験の声に傾聴し、その声を再演する作家と言えよう (17)。

 小原は近著『琉球奇譚 キリキザワイの怪』で「ジーマー」という怪談を紹介している。戦後、那覇の波上宮のある若狭に戻ってきた、宮城という男性から小原が聞いた話だ。宮城は、何もかもが焼け落ちた若狭に戻ってきた。しかし、波上宮の鳥居だけは残っていた。彼は、その鳥居の下で過去を偲んで過ごすことが多かった。

 ある日、宮城は「ジーマー」と名乗る老婆に会う。彼女は、ユタではなくウガミサー(拝み人)であり、石にマブイグミ(魂込め)をして、人々の弔いをしていた。ある夜、宮城はジーマーに「神様の用事の手伝い」を頼まれる。内容は、彼女の三線にあわせて民謡を歌うこと、そして事は起きた。

知っている歌はぼんやりと口ずさみ、知らない歌は適当に手拍子を取った。そうこうしているうちに、三線の音色に誘われたのだろう。宮城さんの背後に、ぼちぼちと人が集まり始めた。
 しばらくすると、後ろからうめき声が聞こえるほど、その数は増えていた。砂浜を遠くからおしゃべりしながらやってくる人もいた。すると英語らしき声も聞こえてきた。こんなに夜遅くいるアメリカー(アメリカ人)は、きっと乱暴するような奴らかもしれない。その当時、米兵の乱暴狼藉にほとほと困り果てていたので、おそるおそる宮城さんは、後ろを振り返ってみた。
 すると、そこには誰もいなかった。
 波上宮の下の海岸は、がらんとして、月明りに照らされた砂浜しか存在しなかった。
 だが人の気配と、うめき声と、足音だけが聞こえている。
 うめき声は生々しく、まるでそこで人がうめいているくらい鮮明なのだが、そこには誰もいないのである。

  (中略)

 やがて夜も更けて、東の空がうすぼんやりと明るくなってきた。と、背後にいた人の気配も、一人、また一人と薄くなっていくのが分かった。日が半分くらい昇ると、人の気配はすっかり消えていた。
 ジーマーが「今日はもう終わりにしようね」と言ったので、すぐさま宮城さんは立ち上がり、今まで人の気配のしていた砂浜に向かった。
 そこには誰もいなかったはずなのだが、無数の足跡が残されていた。裸足のもの、軍靴と思われる大きなもの、子供のような小さなものなど、いろいろだった。

 この波上宮は、琉球八社の一つであり、沖縄総鎮守の社である。また柳田國男が『海上の道』で言及した場所でもある 。しかし、小原によれば宮城もジーマーも、波上宮をそのようには受け取っていない。近代社格制度とは別のかたちで、神社の歴史的由来や祭神とは別の意味で波上宮を受容している。小原は、宮城の心情を記す。

 戦争は町や希望を破壊したが、海と太陽は破壊できなかった。そして波上宮の鳥居も。
 鳥居に手を回して抱きしめると、涙が溢れた。
 みんな死んでしまった。父親も、幼馴染の友達も、学校の恩師も、みんなみんな死んでしまった。自分は生き残ったが、果たしてこれは良いことだったのだろうか。自分のようなくだらない人間が生き残って、優しく勇気のあった友達や、才能のあった人々が死んでしまう。この差は何なのだろうか?

 ここには、生存者の罪悪感以上のものが記されているように思える。それは生者が持つ「死者との交換可能性」という、怪談の本質である。

 怪談が「ありうべからざるものを経験する人間生活の不思議」として機能するためには、死者のあり得た未来、失った可能性への愛着と哀切が語り綴られなくてはならない。生者と死者の想像力が同時に起動するところに、怪談の物語性が構築される。つまり、波上宮は生者と死者をつなぐ物語の依り代であり、「主体」である宮城と「弱い主体」である死者たちがともに立ち上がる場でもある。

 本来、プロテスタンティズム的な歴史記述がそうであるように、近代はその本質ゆえに怪談から煙りたつ声を包摂することができない。なぜなら、怪談は「あり得た可能性」という存在しないものを語っているからだ。ゆえに歴史を生きない。歴史上に存在しないものは「ありうべからざるもの」なのだ。

 近代社会は、唯一無二の、出生登録と死亡証明に規定される力動的人格を前提にする。しかし、怪談「ジーマー」は、死者の声なき声が近代社会に漂い、まとわりついていることを示す。このように、怪談はある場所にまつわる声として人々の間に残響する。これが怪談の形式である。

 蛮勇を奮って言おう。ぼくは、この「怪談の形式」こそが、柳田がみた世界民俗学の先にあるもの、太平洋弧における現地語の思想的可能性、または日本語でキリスト教を問うことの意味だと考える。神の指の隙間に満ちる人類の恐れや哀切、ありうべからざるものを包摂するもの、死者と生者の交換可能性を語る、いまのキリスト教の外側にある「別なる普遍性」――それは場所を必要とするのだ。

怪談の形式と啓示の形式

 「怪談の形式」とは、死者と生者が共鳴反響する「ある場所にまつわる声」である。言い換えれば、それは「死者と生者の交換可能性を担保する場所の記憶」である。ぼくはこれによって、生死の境界線という「主体」と「弱い主体」がグラデーションを示す地点より、神の指から零れ落ちたものを包摂する可能性を考えたい。近代化とグローバリズムに癒着したキリスト教が辿った「主体」の形式、その影に現れた「弱い主体」の両者がともに起動する地平を見出したいのだ。

 冒頭でキリスト教は「超越・啓示・主体」という社会的形式において人格を形成すると指摘した。いいかえれば「神・聖書・私」という形式である。地球をつかむ神の五指の内実は、この形式で西洋近代的自我の起動、責任主体の構築を迫る。つまり、この形式は、主体から啓示へ、啓示から超越へ、すなわち神への遡行を要請する。それゆえ、人は自立した主体とならざるを得ない。どういうことか。

 啓示とは、ある宗教における中心的な「神の声」の形態である。キリスト教における啓示は、通常二つある。一つは神のことばである聖書、もう一つは神が創造したこの被造物世界である。当然ながら両者は相補的に機能して、キリスト教徒の世界認識の仕方を規定する。啓示は、通常、出来事、つまり事象とそれを意味付けする声である。従って、書かれた言葉も記述された出来事も、一人の創造主に由来すると解釈することこそが、啓示を受け入れることにほかならない。

 結果、原理上、ありとあらゆるものが啓示になり得る。無論、神学的概念としての啓示の範囲は規定され得るだろう。しかし、啓示が受容されるか否かは、主体の解釈にかかっている以上、少なくとも、あらゆるものが啓示的であると言わざるを得ない。

 すなわち聖書というテクストだけではなく、森羅万象がテクストとして、読解可能なものとして立ち上がるのだ。だからこそ「創造主の似姿」として「解釈主体」という形式を得て自立した西洋近代的自我は、教義の記述を改変追記することができるのだ。

 しかし、その啓示にも解釈不可能性は宿っている。たとえば、旧約聖書イザヤ書の冒頭一章の解釈は非常に難しい。聖書学的な一切を省いて言えば、イザヤ書の一章では、主語を特定できても、その指示内容を確定できない。現存する最古の写本を三つ並べ、それぞれの朗読の伝統を比較すると、指示代名詞がそれぞれ別の固有名詞を呼び出すのだ(18)。誰が話者なのか、確定できない。預言者本人か、神か、または異教徒なのか、主語が明確であっても「主体」は不明である。

 「神のことば」は、一体誰のことばなのだろうか。解釈に誠実たらんとする者は沈黙せざるを得ない。眼前のヘブライ文字の連鎖が多声的であることしか確認できず、解釈を確定できない。

 無論、主体的にテクストを区切り、学問的操作をほどこすなら、ある程度の可能性は絞れる。しかし、聖書自身に、既に確定できない「弱い主体」の声が混在しているのだ。

 「啓示」と向き合うとき、西洋近代自我が直面するのは、強い中心性を持って対峙するものを構造化し、統一化する原理としての「神の声」ではない。むしろ、不明瞭に曖昧なままに立ち上がる、明確に主体になりえないものが繰り返す反響である。それはまさに怪談のように、波上宮の死者たちのように、読まれ、聞かれるたびに、その都度弱く立ち上がっていたものではないか。

 近代化されたテクストに仄見える、多声性の残滓(19)。ここで、柳田国男「世界民俗学」の構想を受け継いだかのように読める民俗学者・小松和彦を召喚したい。小松は、人類学的な意味での「憑依」と、日本語の「つきもの」の「つき」の区別に注意を促している(20)。

 「憑依」とは、いわゆる「精霊憑依」「憑霊」であり、英訳は、spirit-possessionである。すなわち「憑依」とは、個人に生起する人格変換、忘我を伴うトランス状態だと社会的・文化的に認知される現象である。一方、「つきもの」は個人に限定されず、社会集団、土地家屋にも適用されて世代を超えて継承される。

 この「憑依」と「つきもの」の関係を、「啓示の形式」にひそむ多声性の残滓と「怪談の形式」の関係に読み替えることができないだろうか。

 近代社会における「憑依」は、ある種、病的な個人に起きる問題として名指された(21)。それは人々を並列化し一律に「主体」とみなして、市民社会という場を構成するには、あまりに躍動的で危険なものだった。だから、文字通り、個人の問題として処理されたのだ。それゆえ、人類学においてspirit-possessionという、個人に帰着する所有の概念で以て説明された。であるからこそ、文書化可能な主体においては「場」の問題が背景化する。

 しかし、小松が区別し指摘した、個人に限定されることのない「つきもの」は、むしろ「場」の問題を補って「憑依」を読むことで、両者が連続する可能性を示唆しているように思える。小松は、柳田國男の民俗学を人類学的見地から批判的に継承して、日本人の世界認識の仕方、価値認識の方向付け、またその精神の奥底に潜む情念の世界を究明した文化人類学者でもある(22)。

 すなわち、世界宗教と日本の固有信仰を接続させた柳田のように、小松もまた、文化人類学と民俗学の架橋を目指した人物なのだ。この点においても、「憑依」と「つきもの」の接続を読み込むことは妥当だとぼくは考える。そして、土地家屋までも含む「つきもの」の継承可能性は、「死者と生者の交換可能性を担保する場所」としての怪談の形式に重なっている。

 ゆえに、ぼくは西洋近代的自我という一個の人格をつくる「超越・啓示・主体」という社会的形式が、死者の声を反響させる多声的な「怪談の形式」と両立すると考える。つまり、啓示を怪談として読み換える場がここにあるのだ。

ダニエル書における二つの謎

 「怪談の形式」は、死者と生者が共鳴反響する「ある場所にまつわる声」であり、「死者と生者の交換可能性を担保する場所の記憶」である。どうすれば聖書にひそむ「場の記憶」を辿ることができるだろう。

 ダニエル書は、キリスト教でいう旧約聖書、または本来、古代イスラエルの宗教的文書で「諸書」に収められた巻物である。ダニエルという信仰深い青年を中心に話が進む。選ばれた契約の民であったにも関わらず、神への反逆の結果、古代イスラエルが敗戦亡国を経験して、異教の帝国に捕囚された経緯が記されている。ダニエル書は黙示録と同様に難解なことで知られている。理由が二つある。

 一つは、二つの言語で書かれていることだ。1章が全体の序章であり古代イスラエルの母語としてのヘブライ語、2章4節から7章終わりまでは当時の国際公用語であるアラム語、8章から終章にいたるまでが、再びヘブライ語で書かれている。なぜ二カ国語で記され保存されてきたのか、聖書学上の問題であった。

 もう一つの理由は、日本語でいう五七五のように洗練され、織り込まれた文学構造の解釈だ。すなわち、二カ国語で書かれながら、明らかな文学的技巧が凝らされていること、これをどう解釈するのか、ということが難解さの原因である。ぼくは、怪談として聖書をみなすことで、この問題に応えたい。

 第一の問題は、二つの言語の問題である。二か国語で記されたこと自体が、テクスト内に込められた「場の記憶」を呼び覚ます。ダニエル書が読まれるとき、人々はこの書の「場の記憶」を辿ることになるだろう。

 ヘブライ語部分は、当然、母語として音読される。聞き手は、敗戦亡国の記憶とともに祖国に倒れたままの同胞の亡骸と自己の交換可能性を思わずにはいられないだろう。次に来るのはアラム語部分だ。アラム語は、新バビロニア帝国で通用した公用語である。つまり異教の帝国下に連行されて、名前を奪われアラム語名で呼ばれる同胞の物語が、他国の言語で披歴される。言語と文化を奪われ抑圧され、帝国という一元化の原理に組み込まれて「主体」化されたダニエルたちの声が聞こえてくる。

 しかし、次のヘブライ語部分において「神の声」が再びヘブライ語で語りかけてくる。ペルシャ帝国下で死者のように倒れている民、聞き手を見捨てない神の約束の幻視が人々に宣言されるのだ。この構造で、ダニエル書は亡国の故郷、異教の帝国下の現在、そして神の約束の地へという「場の記憶」を想起させるのだ。すなわち、ダニエル書は古代イスラエル「固有信仰」の声としてのヘブライ語が、「主体」化を要請する普遍性の帝国としてのアラム語部分を挟む多声的な構成となっている。

 すなわち二言語で記された理由は、「場の記憶」を辿らせるためではないか。なぜならダニエル書においては「場の記憶」を辿ることが、そのまま「神の声」を聞くことに重なっているからだ。

 では、第二の問題、文学構造はどうか。ある文章が文学構造を持つことは、語句と音韻の対応を意味している。すなわち、ダニエル書は朗読を前提している。当時、それぞれがテクストを所有し、各自で黙読する現代のような文化はなかった。特定の家や場所での朗読によって、神の声を聞いていた――それは、朗読の共同体を要請するのだ。

 委細は省くがダニエル書の全体構造は、一章が書物全体の主題を提示している。主題は「神の御計らいによって、侍従長はダニエルに好意を示し、親切にした」である 。この侍従長は「宦官の長」を意味する語が使われている。基本的に宦官は、古代イスラエルにとっては民から排除すべき人間だった。ダニエルにしてみれば、宦官の長は自国を滅ぼした異教の帝国の臣下である。

 しかし宦官の長は「好意を示し親切にした」。こう訳される箇所に、ヘブライ語の「ヘセド」がある。「ヘセド」は旧約聖書において、神が罪深い人類を「赦す」ときに使われる語である。本来、神の永遠の愛と恩恵を示すことばだ。

 驚くべきことに、ダニエル書において、ヘセドは、神からではなく、憎むべき敵の口から、呪われた宦官の口からやってくる。ヘセドを語るにふさわしくない、許容できない相手が、それを語る。朗読が、ありうべからざるヘセドを、その「場の記憶」として生成する。ダニエル書が読まれるとき、朗読者も聞き手も、誰もが驚いたであろう。

 忌むべき滅ぶべき敵を通じて、神はダニエルに恩寵を示した。この驚異こそが朗読によって明らかになるダニエル書の主題である。

 ダニエルの巻物が開かれ、語られ聞かれるとき、神の声は、ありうべからざるものを語る。テクストに込められた「場の記憶」を辿るとき、あるいはそのテクストが、ある場において朗読されるとき、「神の声」は「つきもの」として多声化する。神から下される超越的で単声的な「赦し」が、それぞれ場における個別で多声的な「赦し」に読み替えられる。西洋近代的自我が聖書を主体的に読むとき、多声的な場の記憶は、ありうべからざるものとして排除される。

 しかし、そのありうべからざる神の声が、敵から届く神の恩寵を示している。それは、自他、友と敵、生者と死者の交換可能性の地平を出現させるのだ。

太平洋弧に立つイエス

 ぼくには、イザヤ書やダニエル書が示す解釈の難しさが、むしろ、聖書自身が多声性を保存しようとした痕跡にも見える。果たして「主体」と「弱い主体」を再生産し、「弱い主体」を圧殺し続けることが、神の御心にかなうことだろうか。

 怪談の想像力においては、西洋近代的自我による主体的区分による解釈は、恣意的でグロテスクな切断となるのではないか。加えていえば、近代文献学――その始まりは聖書だった――が提示した「聖書」の姿は、まさしく多声的で多層なものではなかったか。唯一にして至高の神の言葉は、有名無名の多くの人々の様々な場所で聞かれた「神の声」の聞き書きではなかったのか。

 そもそも日本においては、元来、キリスト教は「怪談」として理解されてきた。切支丹は妖術使いとして何度も描かれている 。たとえば『切支丹宗門来朝実記』がある 。少なくとも1783年、天明の大飢饉の頃には書かれていた同書の写本には、豊臣秀吉が切支丹術者を招いて余興を行わせ、最後には幽霊を見せろと懇願したという創作が残っている。近代日本もキリスト教も、この江戸時代以来の怪談の想像力を拒否して棄却してきた。

 しかし、怪談としてキリスト教を聞くという地点に戻ってこそ、明治維新以来の日本語キリスト教のかたち、「日本人か、またはキリスト教ベースの西洋近代的自我か」という二者択一の相克を越えていく地平が立ち上がる。

 怪談という「死者と生者の交換可能性を担保とする場所の記憶、声」としてキリスト教をみなすとき、遅れた近代化とキリスト教の受容という課題を強いられたすべての国々と島々で「主体」と「弱い主体」は切断されることなく、その名で生きるだろう。それは日本語で問われている。

 夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。
 けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった。

 なぜなら、それは奇々怪々なもの、たとえば秀吉が見たのは、自らが手打ちにした女の怨霊だったからである。それは、弟子たちには、ありうべからざる禍々しきものとして見えたのだ。

 神の五指とその隙間を包摂するために、「弱い主体」を救い出すために、ぼくはハワイ、日本、沖縄を辿り、怪談の形式を提示して、太平洋弧から伸びあがる可能性のラフスケッチを描いた。ぼくらには、少なくとも、ぼくには主体性や西洋近代的自我が重過ぎるからだ。

 「バベルの塔」は、創世記10~11章にかけて記されている。10章では、各部族が各地方で各言語を話していたとあるのに、11章では全地が一つの言語を使用していたとある。キリスト教学者・芦名定道によれば、この二つの章の齟齬を解決するのは「帝国」である。

 帝国とは、一元化の論理だ。多様な言語と文化を画一化して「主体」という名で奴隷化する力である。バベルの塔建設は、その象徴であった。しかし、神は、常に言語と文化を奪われた者の側に立ち上がる。ゆえにバベルの塔は阻まれた。

 本稿を振り返るならば、神は奪われ排除されたものの側に立ち上がる。歴史と非歴史の境界で「主体」と「弱い主体」を隔てる壁は消失し、ありうべからざるものが現れた。この地平において、ぼくらはもはや、これらを「弱い主体」と呼ぶべきではないだろう。では、何と名指されるべきか。

 ぼくはそれを「隣人」という言葉に求めたい。なぜなら聖書において隣人とは、まさしく自他の交換可能性を示す言葉だからだ。隣人が現れるとき、「神を愛せ、己を愛するように隣人を愛せ」というイエスの声が、聞こえ始める。隣人は、神の赦しを伝達するぼくらの似姿であり、またぼくらの赦しを待つ異形のものでもあったのだ。

 すべての罪は十字架にかけられ、隣人が復活する。ありうべからざるものとして、自己と他者がよみがえり、神のヘセドが揺らめきあがる。自他の弱さを前提にした自己否定、他者と世界肯定の倫理が立ち上がる。誰もが隣人となる。

 太平洋弧に朝が訪れる。光に照らされているのは、地球を掴む巨大な手が、隣人を握り潰す様子だろうか。神の五指の隙間に隣人がいるという滑稽な絵だろうか。夜が明けそめる頃、イエスは岸辺に立たれた。しかし、弟子たちにはそれがイエスだとは分からなかった。

 波上宮の砂浜を見よ。ジーマーの奏でる三線の調べに寄せられた足跡が増えていく。太平洋沿岸弧に、いまイエスが立ちあがる。彼のうしろには、死者の声が反響し、近代から排除され蓋をされた全ての生者たちが蠢いている。抑圧され社会底辺へと追いやられた者たち、消えたハワイのカフナたちや柳田が親しんだ魑魅魍魎が、全ての死者、祖父が、そして、現代社会において交換可能で使い捨てのぼくらが起動し、互いに隣人となる。

 なぜなら、そもそも福音は、エルサレムの髑髏山で十字架にかけられた政治犯が死者の中から蘇ったという声、怪談だからだ。イエスの声は、死刑囚の丘から、近代が本質的に包摂できない、ありうべからざるものたちの公共圏を宣言し呼びかける。そのとき神の五指は蒸発し、ローマで、イスタンブールで、アンタキヤ、エルサレム、アレクサンドリアで、否、世界各地で、隣人から囁きうめくような「神の声」が聞こえはじめる。

 その声こそが、愛しくも恐ろしいトナリビトの怪なのだ 。

1) キリスト教学者・水垣渉の定式。日本基督教学会『日本の神学』54巻(2015)の収録講演、水垣渉『聖書的伝統としてのキリスト教―「キリスト教とは何か」の問いをめぐって―』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nihonnoshingaku/54/0/54_9/_pdf/-char/ja
2) 古屋安雄/大木英夫「環太平洋地域のプロテスタンティズム」『日本の神学』281頁。大木は、これを述べてのち『そこにはいっていくプロテスタンティズムは、明確な主体性の自覚と状況の展望をもつことが必要であると思う』とする。
3) 381年、第二全地公会議に採択された全キリスト教会が告白する世界信条。
4) ルカ福音書4章16節。イエスはイザヤ書61章1~2節を朗読した。
5) ヨハネ福音書21章4節『新改訳聖書 第二版』

6) ハワイの事例については、文化人類学者・井上昭洋の研究『ハワイ人とキリスト教 文化の混淆とアイデンティティの創造』を全面的に参照。沖縄のキリスト教については、一色哲「南島キリスト教史入門」全25回『福音と世界』(新教出版社、2014~2016)などを参照。また、渡久山朝章『一粒の麦』(日本基督教団・読谷教会、1987年)などは、沖縄の出版文化に基づく「沖縄キリスト教文学」として評価され得る。長崎のキリスト教については、日本語キリスト教伝来発祥の地、弾圧、殉教、潜伏、被爆という特異な歴史を辿っているので例外的である。カクレキリシタンに関する優れた研究としては、宮崎 賢太郎『カクレキリシタンの実像:日本人のキリスト教理解と受容』(吉川弘文館、2014)を参照せよ。
7) 西谷啓治「キリスト教と哲学と禅」『西谷啓治著作集』(創文社、1987)207-225頁を参照。
8) マーク・R.マリンズ著、高崎恵訳『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(トランスビュー、2005)
9) 『第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白』(日本基督教団、1966年)を参照。雑誌『文学界』1942年9―10月号の特集企画に、キリスト教から吉満義彦(カトリック神学者・1904-1942)が、論文「近代超克の神学的根拠」を掲載。
10) 竹内好「方法としてのアジア」武田清子編『思想史の方法と対象』(創文社、1961年)などが興味深い。

11) 一般社人 日本民俗学会ホームページ、第三回「民俗学の魅力」(常光徹)2012年。http://www.fsjnet.jp/about_us/about_folklore_studies_3.html
12) 一般社人 日本民俗学会ホームページ、第1回「私にとっての民俗学」(篠原徹)2009年。http://www.fsjnet.jp/about_us/about_folklore_studies_1.html
この点、日本口承文芸学会(1977年・昭和52年設立)、説話・伝承学会(1982年・昭和57年設立)などの研究蓄積は広く知られ評価されるべきである。
13) 以下、田澤晴子『柳田国男における「固有信仰」と「世界民俗学」――キリスト教との関連から』に沿って論じた。
14) 田澤によれば、柳田の「固有信仰」論の政治性は、学問的に戦争を補強した面と同時に靖国神社を否定する側面もあった。もっとも田澤によれば、柳田の構想は1940年台前後に変化する。
15) 今野圓輔(1914-1982)『怪談 民俗学の立場から』(中央公論新社、2005)186頁。

17) 小原猛『琉球奇譚 キリキザワイの怪』(竹書房文庫、2017)203~210頁。怪談「ジーマー」には「焼け残った鳥居の話」という続きがある。委細は差し控えるが、本稿の問題意識と結論に通底するので、ぜひ購読してほしい。

18) 死海写本、アレッポ写本、レニングラード写本のイザヤ書1章のパラシャー(音読時の文節解釈)問題である。ユダヤ文献学者・手島勲矢の指摘に依拠する。
19) 近代化されたテクストとは、たとえばBiblia Hebraica Stuttgartensia(通称:BHS)、またはNovum Testamentum Graece: Nestle Alandである。これらは文献学的研究の集大成として更新され続ける校訂写本、すなわち新しい原典である。
20) 小松和彦『憑霊信仰論』(講談社学術文庫、1994)37-43頁。
21) 憑依関連については、桜井徳太郎『霊魂論の系譜』(講談社学術文庫、1989)、川村邦光編著『憑依の近代とポリティクス』(青弓社、2007)、伊藤慎吾編『妖怪・憑依・擬人化の文化史』(笠間書院、2016)を参照。
22) 小松前掲書、348-356頁。宗教人類学者・佐々木宏幹は、小松の仕事を同書解説において「人類学的に一歩踏み込んだ魅力的なもの」と評している。

23) ダニエル書1章9節『新共同訳聖書』

24) 田中貢太郎(1880-1941)『切支丹転び』が青空文庫で公開中。井上章一『日本人とキリスト教』(角川ソフィア文庫、2013)を参照。
25) 海老沢有道「切支丹宗門来朝実記」考『宗教研究』(日本宗教学会、1954年)36-62頁。
26) 本稿をアーギュメンツ#3刊行記念の場となった「天使の別荘カフェヴィランジュ(2018年5月20日閉館)」に捧げる。同館オーナー萬代健太郎、メイドたち、そこで出会った作家・蝉川夏哉、教会と家族を含む有名無名の多くの隣人らとの出会いなくして、これを書くことは出来なかった。神に栄光、地に平和、隣人に愛と怪。感謝して記す。

波勢邦生
 はせ・くにお
 1979年岡山県生まれ。キリスト新聞関西分室研究員/シナリオライター。

【トナリビトの怪】(8) 遅れた改題とあとがき 波勢邦生

編集

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仲山ひふみ @sensualempire

アーギュメンツ#3  https://arguments-criticalities.com/

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