【既刊再読 改めて読みたいこの1冊】 『越境する宗教 モンゴルの福音派――ポスト社会主義モンゴルにおける宗教復興と福音派キリスト教の台頭』 滝澤克彦

 モンゴルではキリスト教は宗教ではないと考えられている――初めて聞く者を驚かすこの情報は、モンゴルに通い、民族の歴史と政治、社会の関係を詳らかに調べた研究者によってもたらされた。本書は、その研究成果が1冊にまとめられたもので、2015年度サントリー学芸賞を受賞している。

 モンゴルは1990年に民主化され現在の体制になるまで、社会主義の時代を約70年にわたり過ごした。この間にスターリン指導下で大粛清が進められ、社会主義諸国のなかでも特に徹底的に宗教が排除されたという経緯を持つ。社会主義体制が崩壊し、宗教活動が再開されるようになったが、その際に既存の仏教やシャマニズムに加えて、外国からの宗教も入ってきた。

 外来宗教のなかで最も信者数が多いのが福音派のキリスト教であり、次にモルモン教やバハイ教が続き、セブンスデー・アドベンチスト教会や統一教会、エホバの証人などキリスト教系新宗教、カトリック、インド系諸宗教が信者を集めているという。現在モンゴルで活動しているプロテスタント教会のすべてが「福音派」であるため、カトリックなどと対比する場合を除き、「福音派」はキリスト教とほぼ同義で捉えられている。

 福音派は教会数600以上、信徒数は8~9万に達する(2014年)とみられ、人口の約3%にあたる。それまでゼロだったことを考えれば、20年あまりの間に起きた伸長には目を見張るものがある。

 ただしそこには歴史的・社会的な事情が関係している。モンゴルでは、「宗教」と「民族」、「伝統」を結びつけて考える傾向が強く、「新しい宗教」を受容するということは「非民族的」で、「非伝統的」なこととされる。民族意識と対立しない形で受け入れるためには、「キリスト教は宗教ではない」というレトリックが必要であった。

 福音派は自らを「宗教」ではなく、「信仰」あるいは「道」「真理」であり、神との直接的な「関係」であると主張する。そしてこの認識を受け入れることがキリスト教徒になる第一歩とされる。つまり「宗教」と決別することにより、福音派はその壁を超えて広がったと言うことができる。これが急速な教勢伸長の背景となっている。

 一方で、拡大する福音派の教会に対しては、冷ややかな眼差しを向ける人もいるという。「教会には、外国人がやってきて、物を配ったり英語を教えたりして人々を引きつけている」といった批判だ。「実利的な関心」と「本当の信仰」は二律背反なものなのか、著者は援助と信仰の関係はそんな単純なものではないだろうと述べる。

 「救い」によって結ばれる連帯が、生活の向上を生むことがアンケート回答によっても裏付けられている。生活の向上の具体的な内容には、精神的なものから経済的なものまで含まれていると考えられるが、信徒はそれらを神によって与えられたと認識している。

 現代モンゴルにおける福音派は、社会主義の歴史が深く刻み込まれた社会に、グローバルな広がりを持った波として展開し、浸透しつつある。それはいまだ経過中のプロセスであるが、今後どうなっていくかを注視することで、世界を理解する一つの鍵が与えられる。

 一般に、モンゴルと言って思い浮かぶのは大相撲のモンゴル力士と草原、ゲルに暮らして羊を追う遊牧民といったイメージだろう。だが、ポスト社会主義の宗教復興が、人間の心のいかなる面を表すものなのか、「モンゴルの福音派」は、国境や民族を超えて示唆に富んでいる。

【2,860円(本体2,600円+税)】
【新泉社】978-4787715012

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