【映画評】 『沈まぬ太陽』 企業の論理と戦った男に「沈まぬ」希望を見た 2009年10月24日
『白い巨塔』で医学界、『華麗なる一族』で金融界の暗部をえぐり、『不毛地帯』『二つの祖国』『大地の子』の3部作で、戦争に翻弄される人間の悲劇を描いた山崎豊子。新たに、累計700万部を超えるベストセラー『沈まぬ太陽』が映画化された。全5巻、延べ2300ページに及ぶ大作のエッセンスが、3時間22分の中に余すことなく凝縮されている。
国民航空の労働組合委員長、恩地元は、「空の安全」には職場環境の改善が不可欠との信念を貫いたため、報復人事で海外赴任を命じられる。共に労組で戦った友の裏切り、家族との別離など、不遇の10年間を耐え忍んだ末、ようやく帰国した彼を待ち受けていたのは、未曾有の航空事故だった。遺族係として数多の悲劇と向き合う日々。やがて新たに就任した会長の熱意に一縷の望みをかけ、会社再建に尽力するが……。
1960年代の労組時代から85年の事故、その後と、時間を行き来しながら物語が進行する。冒頭から、波乱の幕開けを予感させるような怒濤の展開に目が離せない。アフリカの大自然をとらえた躍動感あふれる映像が秀逸なだけに、飛行機のCGが貧相なのは残念。
映画はあくまでフィクションと断っているが、政官財の癒着、腐敗する企業体質を描いた原作には実在のモデルがある。おびただしい数の棺が体育館の床一面に並べられたシーンでは、改めて「あの」事故の重大さに慄然とさせられる。
本作を観ながら、2000年の営団日比谷線脱線衝突事故で命を落とした知人のことを思い出した。同じ教派の青年会の先輩だった。107人が亡くなった05年のJR福知山線脱線事故も記憶に新しい。それらの死者が、人命より企業利益を優先する市場主義のの犠牲者だとしたら−−。
あらゆる組織や企業、それに属する人間が内包する普遍的な矛盾や葛藤が浮かび上がる。そんな中で毅然と立って戦う父親を「自分勝手」と責める娘、「逃げずに生きただけ」と理解し始める息子。家族の思いが切なく胸に刺さる。どこか牧師家庭の風景と重なって見える。
世の荒波に抗って戦う道を選んだキリスト者こそ、この映画から勇気を得られるに違いない。絶望の淵にあっても「真理の帯」「正義の胸当て」を身につければ、そこには必ず「沈まぬ」希望がある。
©2009「沈まぬ太陽」製作委員会