【映画評】『神々と男たち』/『アメイジング・グレイス』 信仰者の強靭さと「実話」の持つ迫力 2011年3月5日

 実話に基づく秀作が相次いで公開されている。

 まずは、1996年にアルジェリアで起きた武装イスラム集団(GIA)によるフランス人修道士7人の誘拐事件を題材にした『神々と男たち』

 山間の修道院で、慎ましく祈りと労働の共同生活を送る厳律シトー会の修道士たち。イスラム教徒である村人たちに囲まれながら、診察や生活相談などを通じて互いに信頼関係を築き、「神と人とに仕える」働きに従事していた。しかし、アルジェリア軍と原理主義者による内戦の激化に伴い、のどかな村にも不穏な影が忍び寄る。

 帰国か、残留か。テロの脅威に怯えながら、選択を迫られた修道士たちはそれぞれに祈り、惑い、揺れ動く。そして遂には、全員一致で一つの〝決断〞に至る。

 修道士たちが共に杯を酌み交わす「最後の晩餐」のシーンでは、この先、その身に降りかかる出来事を知ってか知らずか、悲しみとも平安ともとれない複雑な表情が次々に映し出される。実際の「事件」でも、たまたま別室にいた2人の修道士が誘拐の難を逃れるのだが、寝食を共にし、同じ使命を担い合った仲間が犠牲になる一方で、生きながらえてしまった2人の心境を思うとやり切れない。

 グザヴィエ・ボーヴォワ監督は、事件の真相や犯人像を暴こうとしない。カメラはあくまで、修道士と村人たちの日常と事件に巻き込まれるまでの心の動きを丹念に追う。見方によっては、彼らの判断が正しかったのかどうかさえ評価し難い問題。しかし、そんな次元を超越し、覚悟を決めた修道士たちの生きざまを前に、「汝の敵を愛せ」という聖書の教えが、かくも困難で崇高な行為だったのかと、改めて気づく。

 もう1作は、これまでも様々な形で歌い継がれ、数々の映像作品に花を添えてきた名曲にまつわる物語、その名も『アメイジング・グレイス』18紀のイギリス。市場の拡大と植民地政策による国家の繁栄には、奴隷貿易が不可欠とされていた時代。「常に2万人の亡霊に囲まれている」と告解し、かつて奴隷船の船長だったころの罪を担い続ける牧師ジョン・ニュートンは、自らを救い出した「驚くべき神の恩寵」への思いを詞に託した。

 21の若さで議員となったウィリアム・ウィルバーフォースはニュートンを師と仰ぎ、彼の作った賛美歌に力を得て、貴族階級の収入源となっていた奴隷貿易の廃止を訴え、〝常識〞を覆すべく闘いを挑む。

 神(牧師)の道か、政治の道か。岐路に立たされた彼に、同じ志を持つ友人が問う。「その美声で神を讃えるか、世を変えるか」。それは「神と人とに仕える」聖職を志す者が、一度は突き当たる普遍的ジレンマかもしれない。だが、彼の生涯を通じて確信させられることは、この二つの〝召し〞は決して相対立するものではないということ。

 現在、『ナルニア国物語/第3章:アスラン王と魔法の島』が公開中のマイケル・アプテッド監督は、国が自国の利益のみを追求し、人が内的な平安のみを求める現代において、「他人のため」に献身するという主人公の魅力に惹かれたという。「ウィルバーフォースが解決したのはごく一部に過ぎない。事実、人身売買や経済システムによる犠牲者など、現代のほうが当時よりも〝奴隷〞の数は多い。決して奴隷制が一掃されたわけではない、ということを自覚してほしいとの思いで作った」

 本国では、奴隷船の惨状について直接的な描写を避けたことから、「黒人を救う白人の英雄譚で差別的」と叩かれたようだが、次のような監督の主張には大いに共感を覚えた。「ウィルバーフォースは奴隷船の劣悪な環境を実際に経験したり、目撃したりしたから立ち上がったわけではない。一人の政治家として、その信念に基づき、政治の世界で変革しようとしたことを強調したかった」

 『神々と男たち』で、荘厳な聖歌の歌声がふんだんに使われているのとは対照的に、『アメイジング・グレイス』は曲名をタイトルに掲げながら、劇中で流れるのはわずか3回。それぞれ、節目となる重要なシーンで歌われ(演奏され)るのだが、かえって深く印象づけるねらいが成果を上げている。とりわけ最後のシーンでバグパイプによって演奏される「アメイジング・グレイス」は、これまでとは異なる旋律を伴って胸に響いてくる。

 両作品に共通するのは、物語の中核となる登場人物がいずれも、高邁な聖人や屈強な英雄としては描かれていないこと。「殺されるために献身したのではない」と食い下がる修道士。毅然として非暴力を貫く修道院長のクリスチャン・ド・シェルジェでさえ、他の修道士を一つの結論に従わせようとはせず、自らも逡巡しながら、最後まで各々の決断にゆだねる。

 他方、ウィルバーフォースも大きな挫折を味わい、病に体をむしばまれ一度は窮地に追い込まれる。皆、負わされた重荷と課せられた使命に悩み、もがき、助けを請う。それは、『大地の詩』で、妻の死を前に動揺する留岡幸助の姿とも重なる。

 「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」(ヨハネによる福音書1633節)次々と襲いかかる世の難題に翻弄されながらも、決して屈することのない信仰者の強靭さと、「実話」の持つ迫力が光る2作品。ウィルバーフォースを再起させたニュートンの言葉が、観る者の背中をも力強く押し出す。

「さあ行け。やるべきことは山積みだ」

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【Ministry】 特集「ボクシたちのリアル」 9号(2011年3月)

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