【映画評】 『中島みゆき 夜会VOL・18 「橋の下のアルカディア」―劇場版―』 〝歌姫〟が紡ぐ深遠な世界を解く鍵 2016年2月20日
〝歌姫〟中島みゆきのたたずまいは、時に宗教性を帯びて見えることがある。恨み、嫉み、憎悪、激情、怨念――。ほの暗い奥底に沈殿する人間の罪を、これでもかと見せつけられることがある。彼女が紡ぐ歌詞には、魂、命、祈りなどを示すモチーフも頻出する。しかし、それら重厚な楽曲とは対極の明るく軽妙な語り口が、多くのファンを惹きつけて離さない魅力ともなっている。それはまるで、絶望の中にしか見出せないひと筋の希望のような輝きを宿す。
「夜会」は、コンサートでも、演劇でも、ミュージカルでもない「言葉の実験劇場」をコンセプトに、1989年から続く中島みゆきのライフワークの一つ。脚本・作詞・作曲・歌・主演と1人5役を務め、国内外で高い評価を得てきた。
18回目にあたる「橋の下のアルカディア」は、2014年11月15日から12月16日まで、東京・赤坂ACTシアターで開催され、23公演3万人を動員した演目。2008年から09年にかけて行われた「夜会VOL.15『~夜物語~元祖・今晩屋』」以来6年ぶりの書き下ろし作品で、台本と共に書き下ろされた劇中歌は、過去最多の46曲(うち5曲は2014年11月12日発売のオリジナル・アルバム『問題集』に収録)を使用している。
今回のテーマは「捨てる」。時代の流れに翻弄され、日の当たらない場所に追いやられ、捨てられた3人の主人公による悲喜劇が、時空をまたいで展開される。真の「アルカディア(楽園)」を探す旅路の果て、人々から忘れ去られた重い扉を開けると、そこには強者たちが忘れ去りたいと願う歴史の遺物が……。
トランスジェンダー(性同一性障害)であることを公表し、活動するシンガーソングライターの中村中が重要な役柄で参加している点も見どころの一つ。劇場での鑑賞とはひと味違う、スクリーンで観る「夜会」は、深遠な中島みゆきの世界を読み解く大きな手助けになるかもしれない。
公式サイト:http://yakai-movie.jp/
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