「十字架撤去」で揺れる中国 大教会の牧師も拘束 政府の牽制か 2016年3月5日
中国最大規模の教会「崇一堂」(浙江省杭州市、5千人収容可)の主任牧師である顧約瑟牧師(全国中国基督教協会常務委員会の委員、および浙江省基督教協会の会長)が1月半ばに突然、同教会の職より解任された。その後、顧夫妻は「資金不正疑惑」の罪で当局に拘束され、今なお釈放されていない。顧牧師の拘束・逮捕劇の背景には、昨年7月、同牧師が会長を務める浙江省基督教協会が浙江省政府の十字架強制撤去に対して抗議声明を出したことがあると見られている。文化大革命以後の30年間で最も地位の高いキリスト教界の人物の拘束であるだけに、中国内外で大きな波紋を呼んでいる。
浙江省基督教協会による抗議声明
浙江省政府は2013年以来「三改一拆(古い住宅区・工場区・都市内村落の改造・違法建築取り壊し)」という政策を推し進め、諸々の違法建築の取り締りを強化した。しかし政府当局はそれを口実に、キリスト教の急速な発展を抑制するため、温州市を中心とする浙江省各地の教会堂の屋上に設置されていた十字架を撤去する強制手段をとり始めた。温州市(人口900万人)には100万人以上のキリスト者がいると言われており、「中国のエルサレム」とも呼ばれるほどキリスト教が盛んな地域として知られてきた。市内のあちらこちらに大きな教会堂がそびえ立ち、夜になれば屋上の巨大十字架がライトアップされ、クリスマスの時期には大掛かりな伝道集会が堂々と開かれていた。
これまで約2年弱の間に、省全体で1800近い教会の十字架が強制撤去された。一連の十字架撤去事件は中国内外で大きく報じられてきたが、これほどまでに世界中の注目を浴びているのは、温州が主な標的になったことに加え、何よりも政府公認のいわゆる「三自愛国教会」が十字架撤去の対象となっているからだ。三自愛国教会は政府当局に正式に登記手続きをし、その指導と管理を受けながらも、政府と各個教会との間の連絡調整役として「橋渡し」の機能もそれなりに果たしてきた。三自愛国教会に所属する各個教会は、合法性を獲得しているため大きな教会堂を建設することもでき、過去30年間の間に数的に急成長してきた。しかし今回の事件は、三自愛国教会が政府と各個教会の「橋渡し」の機能を必ずしも果たせないことを示したといえる。
顧牧師を会長とする浙江省基督教協会は、政府による十字架強制撤去が2014年に始まった当初、「政府は法に則り違法建築取り締まりをしている」として基本的にそれを支持する姿勢を示していた。しかし、当局による十字架撤去があまりにも強引で、まったく違法建築には当たらないような十字架も標的にしていたこともあり、2015年7月、顧牧師をはじめとする浙江省基督教協会の幹部は、同協会の名で政府当局に対する抗議声明を公に発表した。
同声明は、当局による十字架強制撤去が「法による統治」に反しており、浙江省の信徒200万余の感情を著しく傷つけたばかりでなく、国内外において共産党や政府・国家のイメージを大きく損ねていると指摘している。その上で、「党と国家の宗教工作指導方針は『〔宗教組織に対する〕保護、奉仕、管理、指導』のはずですが、昨今、我が省内で見られるのは「管理」のみであり、しかも管理の仕方が不法かつ粗暴であり、私たち〔基督教協会〕が担うべき『橋渡し』の役割は既に発揮できなくなっており、その存在意義もなくなっています」と政府に対する厳しい抗議の声を挙げ、即時に強制撤去を停止するように要請した。
政府公認の三自愛国教会が政府に対して抗議声明を出すこと自体が極めて異例だった。おそらくこの抗議声明が政府当局の逆鱗に触れたのだろう。その後、いったんは十字架撤去の嵐も収まったかに思われていたが、昨年末より再び複数個所で撤去が強行され、今年に入ってからもなお散発的にだが継続しており、こうした流れの中で顧牧師の解任・拘束事件が起こった。
習近平体制の反西洋イデオロギー
今のところ北京中央政府が浙江省政府にキリスト教の取り締まりを直接に命じたという明確な証拠はないが、中央政府が一連の十字架撤去政策を「黙認」していることは間違いない。
こうした事件は広大な中国の一地方にける局所的なものとする見方もあるが、大きな文脈では中国政府の思想統制が近年、ますます厳しくなっていると指摘する専門家もいる。特に習近平体制になって以来、中国政府は特に「西洋的普遍的価値」に対する批判を強めており、事あるたびに「国家の安全を脅かす海外勢力による滲透(浸透)を警戒するように」という批判キャンペーンを展開している。
キリスト教を含めたさまざまな西洋的なものが中国を転覆させようと静かに浸透してきている、というのが政府の見解といえよう。したがって、一連の十字架撤去事件とそれに続く顧牧師の解任・拘束事件はこうした大きな文脈の中で理解する必要がある。
従来、政府公認の三自愛国教会に対して「政府に追従する教会」とする批判が中国内外で見られたが、今回の事件に関しては、顧牧師および浙江省基督教協会に対する同情と支持が集まっている。
今後、こうした政府の三自愛国教会に対する圧力や干渉が、浙江省のみならず他地域にも拡大していくのか否かが注視される。また政府と教会の間の「橋渡し」機能の限界が露呈した今、三自愛国教会は自身のその存在意義と今後のあり方が問われている。
とはいえ、中国政府当局による教会に対するこうした取り締まりの強化は、中国全体でのプロテスタント・キリスト教(三自愛国教会であれ家庭教会であれ)の急速な成長・発展に対する当局の焦りの表れともいえよう。
政府当局とキリスト教のせめぎ合いが今後どのようになっていくのか、日本の教会も祈りつつその動向を注視したい。(報告 香港中文大学崇基学院神学院客員研究員・松谷曄介)