「天国」求める人に何ができるか 現代人の生き方を考察--キリスト教カウンセリング 2017年3月4日
災害時の心のケアを始め、医療や企業の現場でもメンタルヘルスの問題が重要視されている昨今、「祈り」や「天国」という言葉に慰めを見出そうとする人も多い。さまざまな悩みを抱える現代人に対してキリスト教界は何ができるのか。2月17日と18日、キリスト教カウンセリングをテーマにした二つの講演会が開催された。それぞれ100人前後の参加者があり、関心の高さがうかがえた。
香山氏〝医学者こそ「神の領域」を〟
2月17日は聖学院大学総合研究所(埼玉県上尾市)が主催する「キリスト教カウンセリング研究講演会」の第1回が日本印刷会館(東京都中央区)で開催された。講師は精神科医の香山リカ氏(立教大学現代心理学部教授=写真右)。「現代人のメンタルを救うのは誰か――医療、経済、宗教を考える」と題した講演に88人が参加した。
香山氏は小此木(おこのぎ)啓吾著『対象喪失――悲しむということ』(中公新書、1979年)から、「悲しみ」とは愛情や依存の対象を喪失することであり、「悲哀の仕事(喪の仕事)」という心理的過程によって誰もがそれを乗り越えることができると説明。
医師の岡部健氏の調査を取り上げ、死が近い人の42・3%が「お迎え現象」(先に亡くなった人が会いに来るという現象)を経験し、この現象を体験した人のほとんどが穏やかな最期を迎えたという調査結果に注目。「宗教的背景があまりない人たちは、このようなことを漠然と信じ、喪失の悲しみをうやむやにしている部分がある」とし、「祈り」「天国」「来世」を求める人が確実にいる一方で、「宗教」は敬遠される傾向にあることを示した。
また、髙木慶子著『喪失体験と悲嘆――阪神淡路大震災で子どもと死別した34人の母親の言葉』(医学書院、2007年)を例に、悲しみを抱えた人に対して精神科医ができることは少なく、むしろ有害になり得ることもあると指摘。ショック状態にある人に細かく話を聞くことでその人に記憶が定着し、トラウマ後遺症になりやすいことを説明。精神科医にできることは、人間の心にある自分で立ち直るためのプログラムがうまく機能するよう、邪魔なものを取り除く手助けをすることだと述べた。
その上で、近年米国のIT企業で流行している「マインドフルネス」という瞑想スタイルが、仏教色を排除し「脱宗教化」したことで成功していることに着目。宗教色が取り除かれ、経済至上主義の中で転用されていることに疑問を呈した。
加えて、遺伝子診断がビジネス化していることに対して、「科学には哲学や倫理がないと、人間はどこまで暴走してしまうか分からない」とし、人間が立ち入るべきではない「神の領域」がなければ、「とんでもない間違いをしかねない」と危惧。医学者や科学者こそ、そのような領域を持つことが大事だと訴えた。
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同講演会は聖学院大学人間福祉学部こども心理学科の共催で行われた。同学科はこのほど、冊子『子どもの心にそっと寄り添う――第六集 進学と就職を考える』を発行した=写真。
同冊子は東日本大震災の被災者に向けて12年より毎年発行しているもの。今回は、「震災を経験した子どもたちが、進路決定の際、志や夢をどのように叶えようとしているか」をテーマに、「災害科学科」を新設した宮城県多賀城高校や、教育バウチャー制度で子どもたちを支援する団体チャンス・フォー・チルドレンなどを取り上げている。経済的支援や教育的支援、心のケアを行う団体の情報も巻末に掲載。
冊子はB6判、36ページ。被災地の学校や教育団体などに初版5千冊を無料配布する。申し込みは、氏名、送付先住所、電話番号、目的、部数を記入し、同大学広報課(FAX048・725・6891、Eメール=pru@seig.ac.jp)まで。
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賀来氏〝自分を越えた存在を背中に〟
18日にはキリスト教カウンセリングセンター(CCC)理事長・賀来周一氏=写真下=が「キリスト教カウンセリングの本質と役割――慰めと希望に生きるために」と題して幼きイエス会ニコラ・バレ修道院(東京都千代田区)で講演した。同氏が昨年10月、日本キリスト教文化協会より第47回キリスト教功労者として顕彰されたことを記念してCCCが開催したもので、約100人が参加した。
同氏は、戦後の日本の教会で始められた「牧会カウンセリング」が当初、牧師の占有領域として認識され、臨床心理学と神学との間に「乖離」が生じていたと指摘。「牧師が心理学者のまねごとをしなくてもよいのでは」という声があった一方で、教会のさまざまな問題に何らかの助けができないかと、多くの信徒がカウンセリング講座に参加するようになったという。
同氏は「教会の働き」として捉えるために、「牧会カウンセリング」や「宗教カウンセリング」ではなく、「キリスト教カウンセリング」という用語を使い始めた経緯を説明。キリスト教カウンセリングが神学の中で受け入れられない理由を「教会の働きになっていないから」と指摘した。
教会の働きとは伝道と牧会であり、牧会とは「人間の日常生活の中で起こるさまざまな問題を教会の中にくみ取っていく働き」だと説明。牧会の世界とは一人ひとりのケアをする世界であり、「パストラルケア」の基本だと論じた。またカウンセリングの世界とは他者を援助する世界であり、一人ひとりに関わることが基本だと解説。教会の中で一人ひとりに関わることは、牧会のわざに参加することであり、教会の中だけでなく、外の人たちにも関わっていく働きだと強調した。
また、「生きること」と「死ぬこと」の境目がないのが教会だとし、人間の問題は一生の間には解決できないこと、「天国」という言葉を使うことによって慰めになることも指摘した。
一般のカウンセリングでは、相談者が自分で前進する力を持つ「自己完結」の形で答えが提供されるが、人間はそれだけでは納得できず、答えがないところを生きるためには、苦しみの世界を一緒に歩んでくれる存在が必要だと主張。キリスト教カウンセリングは「神」という究極の存在を持っていると述べ、自分を超えた存在を自分の背中に持つという「信仰者であることの大切さ」を強調した。
CCCは、自己成長と隣人援助の働きを目的とし、教会と社会に仕えるために、超教派の働きとして1984年に設立された。
現在、2017年度のキリスト教カウンセリング講座受講生を募集している。講座は4月12日開講。1年3期(各期10回)。毎週水曜日午前10時半~12時半、日本聖書神学校(東京都新宿区)で行われる。受講料は、各期ごとの支払いの場合は3万7800円、3期分前納の場合は10万8千円。別途資料代1500円(1年分)が必要。定員40人。申し込みは3月31日まで。詳細はCCC(℡03・3971・4865)まで。