日本・香港インディペンデント映画祭2017 返還20年 激動の香港描く 映し鏡として見える日本の姿 2017年5月6日
香港が中国への返還からちょうど20年を迎える今年、良質のインディペンデント映画をまとめて観られる映画祭が、東京での開催を経て名古屋、大阪を巡回する。上映作品には、都心の大通りを占拠することで住民が政府に反旗を翻した2014年の「雨傘運動」に材を採る作品も数編選ばれた。『乱世備忘――僕らの雨傘運動』は運動下の学生たちに正面からカメラを向け、『九月二十八日・晴れ』は運動参加者の娘と老父との対話を通して香港の現代史を映し出す。『表象および意志としての雨』は、政府がデモ当日に人工雨を降らせているという実際に流布した都市伝説を追う、風刺の利いたフェイク・ドキュメンタリー。政治活動に参加することこそキリスト者の務めと考える牧師が主人公の『狭き門から入れ』など、いずれも日本では初公開となる作品が並ぶ。
インディペンデント映画とは、端的には非商業映画と言い換えられる。巨大スポンサーや有力スタジオに頼らないことで、作品は監督個人の才に根差した強い独創性・メッセージ性を獲得する。その必然として政治への目配りも鋭くなるが、統制の強い中国本土でその試みは難しい。この点、一国二制度下にある香港人監督によるインディペンデント映画は、中国全体の今を眼差す上でも特異の観点をもつと言える。
例えば『アウト・オブ・フレーム』は政府監視下に置かれた北京郊外の芸術村を舞台とするが、香港全体がより大規模な「監視下」にあるとの自覚をもつ監督ウィリアム・クォックの手つきは、反体制へ傾倒する若者へ過度に肩入れするでもない乾いた距離感が印象的だ。
この20年で、香港では何が起きたか。まず香港ドルと中国人民元の立場が逆転した。これに伴い、大陸から流入する金と人を当て込む土地バブルが発生し、近郊の漁村やのどかな低層住宅街までもが高層化し始めた。またかつては多彩な商店で賑わった九龍一の繁華街・旺角の表通りは、大陸からの中国人観光客向けの宝石店が軒を連ねる道へと変貌した。香港経済は相対的に沈み込み、かつては想像さえされなかった貧困問題が全世代化する苦しい局面を迎えている。『遺棄』は、一度落ちた貧困から抜け出せず自殺した父と遺された少年の暮らしを追う質実な短編作だ。
その一方、この20年で変わらないものの代表格として、現実志向で独立心旺盛な香港人マインドがある。急速な発展下にある至近の大陸側大都市・深?の住民とすらまったく異なるこの気風こそ、雨傘運動の源となり、学生たちの行動を大人世代が体を張って応援するあの風景の下地となった。『河の流れ 時の流れ』は九龍郊外の?涌村の過去百年を、1人のお婆さんの語りと10年に一度の大祭に焦点化することで鮮やかに描き出す。1997年の返還も2014年の雨傘運動も、より大きな流れのなかで人々の心に受け止められていることが言外にほのめかされる良作だ。
本映画祭企画者でもあるリム・カーワイ監督による『新世界の夜明け』は、大阪新世界を舞台とする。新しさ豪華さこそ価値をもつ現代北京に育った富裕層の娘が、はじめは古臭く汚い町にしか見えない新世界のディープな昭和空間にやがて惹かれていく過程描写が面白い。そこには大阪や香港など今日は停滞する都市と目下急成長中の都市とのギャップが横たわる。普遍に迫るこの表現の舞台として大阪ミナミを選んだところに、華僑系の血を引くマレーシア生まれのリム監督特有の目線が光る。
その目線は、香港を映し鏡として見えてくるのは常に、それを観る者としての日本のわたしたちなのだということを教えてくれる。(ライター 藤本徹)
リム・カーワイ 映画監督。1973年マレーシアのクアラルンプール出身。98年大阪大学基礎工学部電気工学科卒業。通信会社で6年間エンジニアとして勤めた後、2004年に北京電影学院に学び、卒業後映画を自主製作。北京で不条理劇『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』、香港で無国籍映画『マジック&ロス』、大阪を舞台にした作品『新世界の夜明け』『恋するミナミ』を監督。
『狭き門から入れ(Three Narrow Gates)』
返還から10年を経た香港が舞台。中国政府が約束した「一国二制度」は果たして維持されているのか。警察、新聞記者、牧師という接点を持たない3人が弁護士殺人事件を通じてつながり、中国官僚と香港不動産企業が癒着し利権を得たスキャンダルを暴いていく。ヴィンセント・チュイ監督が商業映画ではタブーとされる香港と中国の抱える矛盾や政治の陰謀を描くと同時に、第一級のクライムサスペンスとしても成功している。過去2度の香港アカデミー賞助演男優賞に輝くリウ・カイチーが主役の牧師を熱演。(2008年、ヴィンセント・チュイ監督)
上映される他8作品は以下。『乱世備忘――僕らの雨傘運動』(2016年、チャン・ジーウン監督)/『憂いを帯びた人々』(2001年、ヴィンセント・チュイ監督)/『哭き女』(2016年、リタ・ホイ監督)/『河の流れ 時の流れ』(2014年、ツァン・ツイシャン監督)/『九月二十八日・晴れ』(2016年、イン・リャン監督)/『遺棄』(2013年、マック・ジーハン監督)/『表象および意志としての雨』(2015年、チャン・ジーウン監督)/『アウト・オブ・フレーム』(2015年、ウィリアム・クォック監督)
2014年の雨傘運動(『乱世異聞──僕らの雨傘運動』チャン・ジーウン監督)