〝一粒の麦〟としての劉暁波 ノーベル平和賞受賞者を奮い立たせたもの 2017年8月1日

 2010年のノーベル平和賞受賞者で作家・民主活動家の劉暁波(りゅう・ぎょうは)氏が、7月13日に中国・瀋陽市の病院で亡くなった。1989年の民主化運動・天安門事件の中心人物の一人だった劉氏は、数回の逮捕・投獄にも拘わらず執筆活動を通して民主化を訴え続けていた。2008年には「08憲章」(一党独裁の終結、三権の分立、民主化の推進、人権状況の改善などを求めた文書)の取りまとめの役を果たしたが、その後「国家政権転覆扇動罪」の罪名で投獄され、ノーベル平和賞授賞式に出席することができなかった。しかし、本人不在の授賞式がかえって注目を集め、彼の名は一躍世界に知られることとなり、また式典で代読された「私には敵はいない。憎しみもない」という言葉は多くの人に深い印象を与えた。今年5月に末期ガンであることが報じられ、一時的に出獄が許可され入院していたが、治療の甲斐なく61歳で世を去った。

〝イエス・キリストは人格の模範〟 「08憲章」で宗教の自由を主張

 日本の一般メディアでは触れられていないが、実は劉氏はキリスト教信仰・思想に極めて近い考えを持っていた。天安門事件以前よりアウグスティヌスの『告白』を好んで読み、人間の神に対する罪性や悔い改めといった課題に関心を持ち、「中国人の悲劇は神を持たないという悲劇だ」と述べるほどだった。

 1996年から99年にかけて大連の労働教養所(一種の強制収容所)に収監されていた時期には、アウグスティヌスのほか、トマス・アクィナス、マルティン・ルター、ジャン・カルヴァン、ディートリヒ・ボンヘッファー、カール・バルト、ハンス・キュング、ドストエフスキーなどの作品を読み、キリスト教思想の影響を大きく受けた。

 特にボンヘッファーが牢獄においても信仰ゆえに希望を持ち続けていたことに励まされ、妻への手紙に「たとえ何かを変えることができなくとも、しかし少なくともわたしたちの行為は、イエスの精神が今でもこの人間の世界に息づいていることの証しになり、神なき現代社会においてイエスの精神のみが人間の堕落に対抗できる信仰的力となることの証しとなる。……もし希望がないならば、苦しみの中から意義を見出せない。希望を理解できなければ人間の存在を理解できない。生きる勇気は希望のみが与えることができ、希望は神と愛とイエスの十字架から来るのだ」と書いている。

 劉氏は2008年の投獄以前には家庭教会の礼拝に出席していたこともあり、「おそらく、わたしは永遠に信徒にはならないかもしれないし、組織としての教会に入会することもないかもしれない」と述べながらも、「しかしイエス・キリストはわたしの人格における模範だ」と語るほどだった。その後も洗礼を受けることはなかったが、劉氏の思想の中にキリスト教信仰・思想の刻印が押されていたことは間違いない。

 『劉暁波伝』を書いた劉氏の友人でクリスチャン作家の余杰(よ・けつ)氏は、「『わたしには敵はいない』という宣言は、彼の内面の深みにある大きな宗教的情感に由来しており、特に長きにわたって受けてきたキリスト教の影響による」とまで語っている。

 また、劉氏はキリスト教の思想面だけでなく、中国における教会や宗教組織の法的位置づけにも関心を払っていた。「08憲章」には「結社・集会・言論の自由」と並んで「宗教の自由」が謳われており、その内容は特に中国においては非合法とされている家庭教会にも合法性を付与することを意図するものとなっている。つまり、「三自愛国教会」に登記しなければ合法的地位が得られないという「事前許可制度」を廃止し、従来は非公認・非合法とされていた家庭教会・地下教会に合法性を付与する「届出制」にすべきというのだ。

 香港の神学者・邢福増(けい・ふくぞう)氏は劉暁波についてこう語る。「彼は別れを告げて逝ってしまったが、思想と精神を残していってくれた。彼は目を閉じるまで、自分の魂を売り渡さなかった。彼の魂はこの世の暗闇の勢力から解き放たれ、彼が探し求めていた御国へ駆け上がっていった」

 たとえ彼が地上からいなくなってしまっても、彼の思想と精神、そして「信仰」を受け継ぐ人たちがいる。特に中国大陸や香港において、劉氏と同じように巨大な力と向き合いながら信仰的・霊的な戦いをしている人々が今もいることを覚え、そのために祈りたい。そしてわたしたちは日本においても同じ戦いがあることを忘れてはならないだろう。劉暁波はそんなわたしたちにも多くのものを残してくれている。「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」(ヨハネ12:24)

(日本基督教団筑紫教会牧師 松谷曄介)

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