95カ条は「悔い改め」のすすめ 宗教改革記念日にルター研講演会 2017年11月21日
ルーテル学院大学ルター研究所(鈴木浩所長=同大学名誉教授)は宗教改革記念日の10月31日、宗教改革500年を記念し、「講演会と音楽会の夕べ」を日本福音ルーテル東京教会(東京都新宿区)で開催、約160人が参加した。
前半の講演会では「95カ条の今日の意味」と題し、竹原創一氏(立教大学名誉教授)=写真=が登壇。
マルティン・ルターによる95カ条の提題は人間が生きていく限り終わることのない悔い改めを書いたものだと主張。第1条から「悔い改めよ」(マタイ4:17)で始まっていると紹介した。
当時の悔い改めは、ローマ・カトリック教会により告解の儀式として行われていたが、ルターはそれを聖書が言うところの悔い改めとは異なると第2条で述べていると紹介。自らが歩んできた道を方向転換することが本来の意味だと訴えていたと主張した。
ルターは「信仰」が初めて悔い改めを引き起こすと考え、信仰と悔い改めの同時性を強調していたと竹原氏は解説。教会の宝は神の恩恵であり、贖宥状や聖人の功徳を通さずとも福音として教会の宝は用意されていると第62条で述べているとし、それを信仰として受け止めることが信仰者としての唯一の生き方だと95カ条全体で述べていると強調した。
第1~3条は、一生よりも今日が強調されていると指摘。悔い改めは神様に目を向けたその時に、全生活の中で行うことをキリストは求めているとルターは考えていたと述べた。
最後に第92条から第95条について、恩恵の喜びは罰などではなくキリストと共に十字架を担って生きることにあると解説。「死後に重きを置くのではなく、生きている中で悔い改めをしていく。しかしそれはすでにキリストが果たしてくださっているので、その喜びの中で福音に生かされていくというのが、この95カ条全体のメッセージ」だと竹原氏は締め括った。
講演に続いて、ムジカ・サクレ・トウキョウと東京室内楽団がJ・S・バッハ作曲「神はわがやぐら」を演奏し、最後に「宗教改革の核心」と題し、鈴木氏が、「ルターの信仰義認」について講演した。