新春対談 日本語で書き下ろす注解書『VTJ 旧約聖書注解 出エジプト記』の意義 小友聡×鈴木佳秀 2018年1月11日

 日本語による書き下ろしの注解書として注目を浴びている日本キリスト教団出版局の聖書注解シリーズ。「原典の文書・文体・文法・語彙の特徴がわかる」「聖書各書の歴史的・文化的・社会的背景がわかる」「聖書の理解を通して、現代社会への深い洞察を得ることができる」などがその特長とされている。2017年10月の『NTJ新約聖書注解ガラテヤ書簡』(浅野淳博著)を皮切りに刊行がスタート。次いで、VTJ旧約聖書注解の第1巻として刊行された『出エジプト記1~18章』の著者である鈴木佳秀氏に、同じく旧約聖書注解で監修を務める小友聡氏が話を聞いた。

出エジプト記で講解説教ができる

小友 出エジプトの出来事は、新約聖書における福音書にあたるような福音の中心です。牧師として率直な感想を申し上げますと、これでようやく出エジプト記の連続講解説教ができると思いました。これまで出エジプト記については翻訳注解書しかありませんでしたので、よく理解できないまま説教準備をしなければなりませんでした。

 伝承の最終形態に至る過程を説明してくださった点もありがたいと思います。しかも単なる編集史的な解釈にとどまらず、モーセという人物が生き生きと浮かび上がってくるように説明されている。史実については確信が持てないまま、「現在のテキストにはこう書いてあります」と語るだけなら説教に力が入りません。この注解書は、歴史的・批評的研究の知見に基づきつつ、聖書をどう理解し、どう語るかについて提言してくださって
います。

 もう一点、『現代聖書註解』が注解から始まるのに対し、この注解書はまず本文の私訳から始まっており、原典の息吹が感じられることも重要です。ATDも私訳から始まりますが、あくまでドイツ語聖書の翻訳に過ぎません。これまでの注解書を使っても説教はできたわけですが、原典の息吹を知って確信を持って語ってきたかといえば、どこか確信を持てないままに語ってきたのではないでしょうか。

「現人神」へのこだわり

小友 ファラオを「現人神(あらひとがみ)」と訳しておられ、日本の社会状況と重ねて読める点も評価すべきだと思います。

鈴木 実はわたしの叔父は東北帝大の学生だったのですが、二十歳前後に特攻隊で死んでいるんです。実家には特攻服を着た写真がまだあります。あの時代に生きた日本人にはおそらく、「現人神だった」ということが理解してもらえる気がします。別に天皇制がどうということではなく、そういう政治体制の中で生きることがどんなにたいへんかという点を強調しました。そんな状況下から自由を与えられたイスラエルの民が、今度は不平を漏らす。まさに我々の問題として捉えられるなと考えたのです。

 それから、エジプトの宮廷内の秩序をどう処理したかも重要です。ヨセフ物語を読んでいるわたしたちは、そこに乗り込んでいってモーセが話をすることがどんなことか、イメージできるわけです。

小友 牧師が注解書を読む場合、説教する箇所しか読まないので、一貫して「現人神」と書いていただいたのは良かったと思います。この注解書は通読に値する注解書です。

鈴木 注解書は答えを与えるだけでなく問いも与えるもの。申命記を学んだ結果、信仰告白が一人称で始まり「我々」になりまた一人称で終わる。時代を超えても「我々」と捉えているということが分かったのです。出エジプトの物語は告白的に伝承されていったのではないかという仮説は、申命記研究からたどり着いた成果です。

 注解書を書くにあたって、どういう解説が必要かと頭を悩ませました。わたしはB・S・チャイルズが自らの言葉で語っているという点に感銘を受けました。初めにヘブライ語のテキストを訳してみると、まったく違う世界が広がりました。恩師の関根正雄先生が演習でよく言っていたのですが、「最近の研究者は論文や注解書を先に読む。原文を翻訳してから研究書や注解書を読むべきだ」と。最初のモーセの召命のところで踏ん切りがつきました。彼も人間として苦しんだだろうなと非常に身近に感じられました。ただ、普通の注解書と違う書き方をしたので、どう受け取られるのかが心配で、やや私流にし過ぎたかと反省していたんです。

小友 でも、それこそが魅力だと思います。(続きは紙面で)

 

小友 聡(東京神学大学教授)
 おとも・さとし 東北大学文学部卒業、東京神学大学大学院修士課程修了。ドイツ・ベーテル神学大学留学(博士課程)。日本基督教団大宮教会伝道師、同大曲教会牧師を経て、現在、中村町教会牧師を兼務。訳書にW.P.ブラウン『コヘレトの言葉』(日本キリスト教団出版局)など。

鈴木佳秀(フェリス女学院学院長)
 すずき・よしひで 1944年熊本県生まれ。国際基督教大学卒業、東京教育大学大学院文学研究科博士課程修了。クレアモント大学院大学に留学。Ph.D.取得(旧約聖書学専攻)。新潟大学人文学部長、新潟大学大学院現代社会文化研究科長を歴任。新潟大学名誉教授。敬和学園大学学長を経て、2015年4月より現職。

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