バッハ愛用の聖書、いま眼前に 完全復刻版 教文館で特別展示 2018年4月21日

 J.S.バッハ(1685~1750)がその生涯で書き込みを続けていった「カロフ聖書」。その完全復刻版が現在・東京・銀座の教文館で特別展示、予約販売されている。オランダのファン・ヴェイネン社が2014年に刊行予定だったが、諸般の事情で昨年末になった。カロフ聖書とは、マルティン・ルターがドイツ語に翻訳した聖書に、神学者のアブラハム・カロフ(1612~1686)が注釈を加えた3巻本の大冊。縦33㎝、横19.5㎝で総ページは4355ページに及ぶ。バッハの遺産目録で書籍の筆頭に記されていたのは、このカロフ聖書。バッハの蔵書の中で、これだけが現存している。バッハは同聖書を1733年に購入し、生涯にわたり研究し多くの書き込みを加え、作品に用いるテキストを選び作成していった。バッハの没後は、妻のアンナ・マグダレーナが所蔵していたが、彼女の没後は、所在が不明となっていた。

〝バッハの心を解く重要な鍵〟
書き込みは「神学的発言として貴重」

 バッハの聖書が米ミズーリ州で発見されたのは1934年。ミシガン州フランケンムースで開かれたルター派ミズーリ・シノッドの大会に出席していたクリスチャン・リーデル牧師が従兄弟のレナード・ライクルから見せられた聖書に、バッハの書き込みを発見した。

 その聖書は1830年にレナードの父がペンシルベニア州フィラデルフィアの書籍商から購入したものだった。その後、レナードよりセントルイスのコンコーディア神学校へ1938年に寄贈され、今日まで同神学校図書館に所蔵されている。

 1969年にハイデルベルクで開催された「バッハ祭」の展示企画責任者だったクリストフ・トラウトマンが、同書をコンコーディア神学校から借り出すことに成功した。詳細に検討を重ねたトラウトマンの鑑定により、60カ所以上にバッハ本人の書き込みが確認された。

 『グーテンベルグ聖書』『ベリー公の美しき時祷書』などのファクシミリ版製作などを手掛けており技術に定評があるファン・ヴェイネン社が、復刻の交渉をコンコーディア神学校に行い、了解のもと、ようやく復刻にこぎ着けた。2013年から高性能でページごとのデジタル化が行われ、そのデータをもとに、同社が完全復刻版の制作にあたった。

 日本での輸入総代理店となったのは教文館。洋書部の上島和彦氏によると、バッハ・コレギウム・ジャパン音楽監督の鈴木雅明氏から、「日本で扱うのなら教文館で」と紹介されたのがきっかけだったという。ヴェイネン社での購入予約者の手元には2017年のクリスマスに届いたが、船便が大幅に遅れ、教文館にはこの3月末に届いた。

 バッハがカロフ聖書に書き込みをしたのは壮年期から晩年にかけて。聖書の書き込みが作品に反映されるのは、バッハの後期の作品となる。具体的な書き込みとして、歴代誌上25章には「この章は神に喜ばれるあらゆる教会音楽の基である」、歴代誌下5章13節には「敬虔な音楽は常に神が恵みをもって臨んでくださる」などがあり、バッハが旧約聖書も深く読み込んでいたことが分かる。

タイトル・ページに残されたバッハの署名と「1733年」の書き込み

 ルーテル学院大学・神学校名誉教授の徳善義和氏は、このカロフ聖書について「バッハの関心は、『礼拝とは』『音楽とは』なにかに集中していたようだ。特に、歴代誌下5章13節への書き込みには、晩年のバッハの教会音楽だけでなく、音楽全体への思いが込められている。その意味でここでの書き込み全体は、晩年のバッハの音楽全般を理解する鍵の一つとなろう」という所見を寄せている。

 徳善氏はまた、2016年発行の「キリスト教総目録」(キリスト教総目録刊行会)で、同書との関わりを振り返っている。同氏が日本キリスト教協議会議長として東京の聖書展に関わっていた時、同書を所蔵しているコンコーディア神学校に「フライト中はひざの上に抱えているから貸し出してくれないか」と手紙で打診すると、ジョーク混じりで「あなたは太平洋に沈んでもいいが、これが沈んだら困るんだよ」と返答されたという。

 さらに「バッハは神学的だと言っても、神学者ではないから著作や論文を残していない。そうなれば断片的ながら、ここに見られる書き込みは神学的発言として貴重になる」ともコメントしている。

 バッハ・コレギウム・ジャパンの鈴木氏は刊行に際し、「バッハの受難曲やカンタータに魅せられた者は誰しも、その信仰について、彼の心をのぞきたい、と思うに違いない。……その聖書に多くのバッハ自身の書き込みが確認されて、彼の心を解く、重要な鍵が与えられた」とコメントを寄せている。

 カロフ聖書へのバッハの書き込みと、作品の関係を扱った解説書も2019年に刊行予定。編集主幹はバッハの音楽理論研究家でユトレヒト大学教授のアルバート・クレメント氏。バッハの時代、ルター派が支配的な地域の宗教的・文化的背景を解説するものだという。この解説書はプロテスタントの国を意識し、英語とドイツ語で書かれ、オランダ語と日本語の抄訳がつく。

 「日本初公開『バッハ愛用カロフ聖書』完全復刻版展示」は、5月3日まで教文館3階ギャラリーステラ(東京都中央区)で開催。会期中は、3セット限り同復刻版通常販価98万円(税込)を特別販価79万円(税込)で受け付けている。問い合わせは教文館洋書部(Tel 03-3561-8449)まで。

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