【映画】 『祝福~オラとニコデムの家~』 アンナ・ザメツカ監督インタビュー 2018年6月25日
自閉症の弟を初聖体式に送り出す過程を通じて、14歳の少女オラは家族の絆をとり戻そうと奮闘する。映画『祝福~オラとニコデムの家~』は、ポーランドに暮らすある家族に焦点を当てたドキュメンタリー良作だ。共産圏の崩壊から四半世紀を経た東欧における家族とカトリック信仰の現在を、一人の少女の眼を通して本作は鮮明に映し出す。新進気鋭の女性監督アンナ・ザメツカにとってデビュー作となる本作は、ヨーロッパ映画賞最優秀ドキュメンタリー賞、山形国際ドキュメンタリー映画祭大賞をはじめ、目下世界の映画祭で称賛を集め続けている。日本での作品公開を控え、ザメツカ監督にインタビューを行った。
――本作では家族という普遍的なテーマを軸とする一方、常にカトリック信仰の存在が背景に映り込んでいます。とりわけ公立学校における宗教教育の現場や、教会での情操教育の場面がたびたび挿入されることは印象的でした。家族の問題を扱う本作を通じて、共産圏崩壊後のポーランド現代社会に対する風刺や批判の意図はありましたか。
ポーランドが他の地域と比べて特殊なのは、かつては敵とみなされ禁制の対象だったキリスト教会が息を吹き返し、共産主義とは対抗的な立場をとる現政府とは同盟関係のようになっていることです。公教育において宗教の時間が義務化されていることは、基本的には良いことだと捉えています。しかし、この教会と政府との結託関係は、新たな偽善を生んでいることもまた確かです。そうした全体を背景として忍ばせることは自然なことでした。
――ラストシーンの静けさに感動しました。オープニングと同じ構図をとりながら、そこで映し出される姉弟には、オープニングのような騒擾(そうじょう)がない。とりわけ姉オラの人格的深化を感じさせる演出になっていたと思うのですが、本作の撮影を通じて実際にオラはどのような変化を遂げたのでしょうか。
オラはもともと宗教には関心がなく、教会にも通っていませんでした。一度カメラが回っていない時に「神は存在すると思うか」と尋ねたことがあります。「もし神がいれば、わたしはこんな状況に置かれてなかった」と彼女は答えました。だからニコデムの初聖体式については、宗教的側面よりも家族にとっての重要な儀式という側面を強く意識していたのだと思います。ポーランドの子どもたちにとっては実際宗教的な意味はあまり意識されず、むしろたくさんプレゼントがもらえることも楽しみな当たり前のイベントになっています。
また、結果として家族の絆をとり戻すというオラの試みそのものが成功したか否かとは別に、一つの儀式をやり通したという達成感が彼女に落ち着きを与えたということはあると思います。それを成長と捉えるかどうかは観客の考えかた次第でしょう。
――教会での告解のリハーサル時、弟ニコデムがふとつぶやいた「我は半神なり」のひと言が、マイクから聖堂内に響き渡る場面は印象的でした。例えば日本では精神病患者を霊能者のように扱うことで地域社会に包摂する風習が現在でも各地方に残っています。ポーランドでは自閉症患者や精神病者が病理的に扱われるだけでなく異能者のように見なされることもあるのでしょうか。
そういう認識が社会的に強いわけではありませんが、わたし自身がそう位置づけて映画を撮った面はあります。ニコデムに関しては、単なる精神病患者としてではなく、予言者のような側面を与えたかった。映画全体の構成的にも、ニコデムを他の登場人物よりも少し高い位置に置こうと試みました。
――確かにニコデムの佇まいには、衝突に明け暮れる家族や児童に囲まれた学校などで、時折周囲の状況を俯瞰しているような冷静さも感じられました。
そう観てもらえることはありがたいことです。ちなみに撮影時ニコデムは13歳で、ちょうど急激な成長期のさなかでした。自閉症の人は、言葉の背後にある文脈を捉えられない。その意味では現実から遊離した抽象的概念を理解して話しているとは思いがたく、精神的な面で初聖体式を通過したというよりは、ふつうの子どもと同じことをして周りのみんなの中に入れたということが実際は大きかったんだと思います。
――ドキュメンタリー映画製作の現場では、撮影対象のその後の人生に与える影響がしばしば議論の的になります。本作の撮影を通じてこの家族関係に与えた影響について、監督のお考えを聞かせてください。また現在のオラとニコデムに、この映画は何か影響を与えているか、与えているとすればどのような影響だと思いますか。
撮影の現場では、時に撮影クルーは追い出されかけることもあり、逆に必要とされたこともありました。とりわけ母親が家に戻ってきた時期には、不安定化したオラの心の支えになったようで感謝もされました。
現在の姉弟に対し、具体的に深いレベルでどう影響を与えているかは分かりませんが、一般的な話としてドキュメンタリー映画が出演者に与える影響について否定はできません。望まないのに傷つけてしまうこともある。オラについて言えば、この映画の存在は現時点では良い方に働いて、彼女自身にも喜ばれています。しかし映画は一度撮られると、撮影対象の残りの人生にずっと付きまとうことになる。それは撮影する側にとっても、当然引き受けるべき責任だと捉えています。
最後の質問として、ザメツカ監督の今後の撮影予定について尋ねると、やや意外な答えが返ってきた。監督は今回の撮影で、撮影対象の人生に与えてしまう影響の大きさについて深く思い知り、このようなリスクを負った作品製作はこれが最後になるだろうと語った。次の映画では主人公は動物にしたいなとも冗談めかして語ったが、一方で大事な部分は誤解されたくないからと、この部分だけは通訳を介したポーランド語ではなく、筆者に直接英語で直接語りかけてきた。
インタビューが終わり、ザメツカ監督が「ありがとう」と日本語であいさつしてきた。咄嗟に「ジンクイエ」とポーランド語で返した時の、彼女の笑顔が印象的だった。なぜ知っているかを聞かれたので、たぶんキェシロフスキの映画だろうと答えたが、彼女がポーランドの代表的な映画監督の中でも特にキェシロフスキに私淑していることを知ったのは、インタビューから数日後のことだった。実際ザメツカ監督が相当の勉強家であり、過去の膨大な映画史を踏まえた作品づくりを心がけていることは、一見ひたすら対象に密着しているようにも映る本作が随所で見せるカットや構図の巧さ、距離感の緩急などからも多分にうかがえる。アンナ・ザメツカ監督の今後にも大いに期待したい。(ライター 藤本徹、撮影 鈴木ヨシアキ)
ユーロスペースほか全国順次公開中
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【作品データ】
脚本&監督:アンナ・ザメツカ
撮影監督:マウゴジャータ・シワク
編集:アグニェシュカ・グリンスカ、アンナ・ザメツカ、ヴォイチェフ・ヤナス
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