【映画】 『運命は踊る』 サミュエル・マオズ監督インタビュー 〝トラウマから逃れれば国は変わる〟 2018年9月21日

 ヴェネチア国際映画祭審査員グランプリに輝いたイスラエル映画「運命は踊る」(原題FOXTROT)が9月29日、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国で順次公開される。脚本を手掛けたのは、自身の戦場体験を描いたデビュー作『レバノン』でヴェネチア国際映画祭グランプリに輝いたイスラエル出身のサミュエル・マオズ氏。本作でも、自らメガホンを取った。

 映画は、ミハエルとダフナ夫妻の息子ヨナタンの戦死の知らせから始まる。しかし、これが誤報と知ると、妻のダフナが安堵する一方で、夫ミハエルは軍の対応に怒りを露わにする。息子を愛するあまりにとった両親の行動がさらなる「運命」を手繰り寄せてしまう。運命は、どのようなステップをたどるのか。前へ前へ、右へ、後ろへ後ろへ、左へとどこをどう動いても元の場所に戻るというフォックストロットのステップになぞらえて、物語は展開する。

 マオズ氏が本作の公開を前に、初来日。本紙のインタビューに応じた。

従軍経験のトラウマ抱えつつ
過去の自分を受け入れる

――この作品を作るにあたり、何かヒントになるエピソードのようなものはあるのですか。

 私と私の娘に起こった出来事がもとになっています。ある朝、娘は学校へ出かけるのに寝坊をしてしまったのです。「タクシーを呼んでほしい」と頼まれましたが、それは教育上よくないことと思っていましたので、バスで行くように話しました。しぶしぶ娘が家を出て30分後、娘が乗る5番線のバスがテロリストによって爆破されたことをニュースで知りました。娘に電話しましたが、当然のことながらつながりません。人生最悪の時間を過ごしました。それから約1時間後、娘は家に帰ってきました。そのバスに乗り遅れていたのです。そのことが映画のアイデアにもなりました。

――息子の訃報を受けて、父親が怒りをぶちまけるところから物語が始まります。この父親の人物像が顕著に現れている場面だと感じました。監督が、この場面で描きたかったこととは?

 彼は、悲惨な過去や苦しさにずっと蓋をして生きてきた人間だったのです。表向きは、豊かな暮らしをしていて、すべてが完璧であるかのように見える人生を歩んできました。しかし、息子の死を前に、その暗部が一気に爆発するのです。彼の魂は、血を流したままだったのですね。コントロールしなければいけない、何でも自分が管理していないと気が済まないというある種の神経症を抱えているのです。

――マオズ監督は、レバノンでの従軍経験があると聞いています。いつごろ、どのくらいの期間、従軍していたのですか?

 1982年、20歳の時、勃発したばかりのレバノン戦争に、イスラエル軍の戦車部隊として2カ月間、従軍しました。そのころは、戦いが一番激しかった時期でもあり、まさに「死と隣り合わせ」の2カ月間でした。よく言われることですが、「戦地にいつ入ったか」は覚えているのですが、どうやってそこから抜け出したか、自分の従軍はいつ終わったかははっきり覚えていないのです。戦いはある意味、いつまでも続いているのです。

――戦場において、例えばキリスト教に限らず、宗教や信仰というものはどのような助けになると考えますか。

 戦地では、まったく違う精神状態にあります。宗教が介在する余地があるかと言ったら、そこには恐らく「ない」というのがわたしの意見です。戦争とは、人の殺し合いです。戦地にいたら、何か「大義名分のため」あるいは「指令が下ったから」という理由で人が殺せるでしょうか。そうではなく、まったく違う神経が働いているのです。「殺すか殺されるか」ですね。理屈や論理が入る隙間がない。全細胞に生存本能が宿るというか。寝てもいないし、食べるものもあまりないのに、ものすごい集中力が湧き出るのです。それは生きるためですね。モラルとか宗教が介在する状態ではないのです。戦争、ホロコースト、または広島や長崎の惨事が起きた時、「神はどこへ行っていたんだ?」とさえ思うのです。

――作品では、フォックストロットのステップを運命または人生になぞらえています。さまざまな経験をされた監督ご自身は、このフォックストロットを楽しく踊るコツは何だと思いますか?

 ステップを大きく踏み外してみることではないでしょうか。わたしにとっての大きなステップは、映画レバノンを作った時でしょうか。わたし自身、従軍経験のトラウマを抱えた中で、この映画を撮りました。最終的には自分を「赦す」というところにたどり着きたかったのです。殺すか殺されるかという状況ではあっても、やはりやってはいけないことをしたという罪悪感は、ずっとわたしを苦しめています。脚本を書き始めて1ページ目で、戦場の記憶がすぐによみがえってきました。しかし、これはやらなければならない作業だと思い、何度も書き直しながら、前に進みました。過去の自分を受け入れることで、だんだん自分を取り戻していきました。フォックストロットをまた踏み始めるのです。

――戦争が続くイスラエルについて何か思うことは?

 イスラエルに関して言えば、今の緊張状態というのは、今の国の実情から来る恐怖感や緊張感ではないのです。ホロコーストから始まるトラウマを先祖代々受け継いでいて、さらに戦争を繰り返し、また別のホロコーストが起こり、わたしたちの国に刻み込まれた恐怖感がトラウマとなって、現在もなお緊張状態が続いているのです。多くの子どもが飢え死にする一方で、核をはじめとする軍備にお金をつぎ込んでいるのは、そのトラウマから逃れられないからだと思います。「終わりなき戦争はこれからもずっと続く」と思い込んでいるのです。ですから、安全保障が第一と考え、国内の問題は一向に対処されない。その繰り返しなのですが、イスラエルは国のあり方として、そのような姿しか知らないのです。たとえて言うなら、「ディスクを入れ替える」ことができていない。このディスクを入れ替えて、もっと違う視点から国を考えることができれば、イスラエルは変わっていくでしょう。

9月29日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。

© Pola Pandora - Spiro Films - A.S.A.P. Films - Knm - Arte France Cinéma – 2017

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