【東アジアのリアル】 天安門事件30周年とキリスト教 松谷曄介 2019年6月21日

 中国の軍が戦車と銃で民主化運動を鎮圧した1989年6月4日の「天安門事件」から今年で30年。多くの関連文書が出されているが、ここでは印象に残った二つを紹介したい。

 一つ目は、張伯笠(ジャン・ボーリー、牧師)、余杰(ユー・ジエ、作家)、傅希秋(フーシー・チウ、牧師)、楊鳳崗(ヤン・フォンガン、宗教社会学者)など在米華人キリスト者たちが起草した「勿忘六四〔天安門事件〕、主佑中華」という宣言文だ。そこでは同事件が中国の「分水嶺」だったことが指摘され、次のように続く。

 「六四の犠牲者たちの鮮血と天安門の母たちの涙を、我々は忘れることができない。……六四の鎮圧は、社会の道徳・倫理の崩壊を悪化させ、平和な社会を遥か遠いものにしてしまった。犠牲者・被害者の冤罪は未だ晴れておらず、家族は慰めを得ることができていない。今日、中国社会が直面している厳しい問題はすべて、六四の虐殺と深く関係している。しかし、神の摂理と大きな愛が、苦難と絶望の中にある華人の中に臨み、その時から今日に至るまで、すでに何千万もの華人たちがイエス・キリストに立ち返った」

 六四世代の華人キリスト者たちが、あの事件を中国社会の道徳・倫理の崩壊と位置付けつつ、「神の摂理」によって、その後多くの華人がキリスト者となった、と認識しているのが興味深い。なぜ中国のキリスト教が急増したか、ということに関してはさまざまな分析や評価があるが、彼らは、天安門事件こそが中国キリスト教にとって大きな「分水嶺」だったと考えているのだ。

 二つ目は、香港の経済学者・評論家、練乙錚(ジョセフ・リエン)が書いた「六四の神学的意味」と題する一文だ。彼は今は教会に行っていない元信者だが、あえてキリスト教信仰の視点から天安門事件の解釈を試みている。彼は聖書の「出エジプト記」から、イスラエルの人々が信仰を失い、金の子牛を拝み、エジプトに再び帰りたいと言い出し、神の罰により40年間も荒野をさまよった出来事を取り上げた上で、「今日、中国から逃れてきた香港人〔19~20世紀にかけての大陸から香港への移民を指す〕の子孫たちの中には、『大湾区』〔大陸の深セン地域と香港・マカオなどの経済一体化構想地域を指す〕に再び戻って財を成そうと叫んでいる者たちがいる。神はこのような人々をどのように罰せられるのだろうか」と、痛烈に批判している。

 最も激烈な指摘は次の点だ。「中国経済の成果のすべては、六四の犠牲者たちの血まみれのマントウ(饅頭)なのだ。進んで中国に投資して財を成している人も、香港や他の地域で受身的に安価な中国製品を享受している人も、みな直接的・間接的に独裁政権の寿命を延ばしているのであり、六四の人間の血にまみれたマントウを分け合っているのだ」

 また広大な中国の土地が六四の犠牲者たちの命によって買い取られた「血の畑」であるとし、次のように警鐘を鳴らしている。「六四のマントウを消費し、六四の血の畑に投資することは、やむを得ない赦されるべきことと考え、それに快感を覚えているならば、あなたには罪がある。……今日のキリスト者、特に香港の信徒たちは、もし六四等の重大な歴史的事件における神の啓示に耳を傾ける努力をせず、……六四の血の畑の上で空しく時を過ごして遊びふけり、知りつつまた知らずして六四の人間の血にまみれたマントウを毎日喜んで享受しながら、〔中国政府との〕対話・受容・妥協に希望を抱いているのならば、主の正義の怒りが必ずや下るだろう」

 これを読んだ時、私は思わず身震いがし、体中に戦慄が走った……。世界も日本も、そして私も、あの事件による「血のマントウ・血の畑」の恩恵に預かっている……。そうであるならば、一キリスト者・一牧師として、神学的・信仰的にこの事件と向き合わなければならないのではないか、と問われている気がした。

松谷曄介
 まつたに・ようすけ 1980年、福島生まれ。国際基督教大学、北京外 国語大学を経て、東京神学大学(修士号)、北九州市立大学(博士号)。日本学術振興会・海 外特別研究員として香港中文大学・崇基学院神学院留学を経て、日本基督教団筑紫教会牧 師、西南学院大学非常勤講師。専門は中国キリスト教史。

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