【伝道宣隊キョウカイジャー+α】 牧師は無休の子守りじゃない キョウカイバイオレット 2019年9月1日

 現場に到着して1時間が経過した。事態は膠着したまま。私たちは交替でドアを叩き、呼びかける。母親のケイコさん(仮名)は泣き疲れて廊下の隅にうずくまる。牧師がまた叫んだ。「タロウくん(仮名)! ドアを開けなさい! お母さんが困っているだろう!」……何の反応もない。郵便物の投函口の隙間から中をのぞくと、奥の部屋から光と音が漏れている。時々ガサゴソ音がする。タロウくんは中にいるのだ。

 夜の7時ごろ、ケイコさんが教会に駆け込んできた。息子と喧嘩して家を追い出された。鍵を掛けられ、いくら呼んでも開けてくれない。財布も何もなく、どうしたらいいか分からない。泣きながらケイコさんはそう訴えた。

 たまたま教会にいた牧師と何人かの信徒で、ケイコさん宅に向かった。それから1時間、私たちはドアを叩いたり、呼びかけたり、説得したりし続けた。牧師がドアを壊そうかと提案したが、ケイコさんは泣いて拒否する。大家に迷惑が掛かるから、と。私は車にたまたまあった針金製のハンガーを持ってきて、先端を変形させ、ドアの投函口から差し入れた。最後の試みだ。うまく鍵に引っ掛かれば、解錠できるかもしれない。何度かやっているうちに、なんと奇跡的に鍵に引っ掛かってくれた。恐る恐る回すと……。カチャッ。心地よい音と共に、解錠されたのが分かった。何たる幸運。私たちは「ハレルヤ」と言いながらドアを開けた。

 しかし、そこからがまた長かった。タロウくんとの初対面。泣くケイコさんと怒るタロウくんの仲裁。噛み合わない親子の対話。まったく終わりが見えない夜。11時を過ぎ、私たちは教会に戻った。みんな疲れて、もう今日はこの辺にしましょうと解散した。

 ケイコさんはその後も時々思い出したように礼拝に姿を見せた。タロウくんのことを聞かれると、「はい、何とかやってます……」と力なく答える。タロウくんはもともと神を信じておらず、教会に来たことはない。結局何が解決したのか、あるいは解決しなかったのか、よく分からないまま月日だけが過ぎた。

 私はあのドアを奇跡的に解錠したことを誇らしく思っていた。しかし、本当にあそこまでする必要があったのだろうか、と今は思う。そもそもあれは、本当に教会が対応すべき事態だったのだろうか。牧師(あるいは教会)は24時間365日の対応が求められることが少なくない。「子どもが熱を出しました。先生、どうすればいいですか?」「父が亡くなりました。深夜ですが来てください」「夫が暴れています。助けてください。でも警察沙汰にはしないでください」

 そんな調子で朝も夜も関係なく呼ばれれば、牧師も疲弊するだろう。それが理由で鬱になったりバーンアウトしたりする牧師も少なくない。

 泣きながら教会に来たケイコさんを追い返したら、確かに人道にもキリスト教精神にももとるかもしれない。しかし、教会があの母子に何ができただろう。すぐに警察や児童相談所につないだ方が、むしろ結果は良かったのではないか。

 何が牧師の役割で何が牧師の役割でないのか、線引きは難しい。個別に勘案されるべきケースもある。しかし少なくとも24時間365日、信徒の子守りはできない。教会は長年の牧師依存体質から脱却して、そろそろ信徒一人ひとりが自立していくべきかもしれない。

キョウカイバイオレット
 紫乃森ゲール(しのもり・げーる) 医療現場で傷つき病める人々を支え、代弁者として立つ看護系はぐれキリスト者。あらゆる差別、無理解、誤解と日々戦う。冷静と情熱の中間くらい。ツンデレ。武器:痛くない注射/必殺技:ナイチンゲール型四の字固め/弱点:パクチー

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