【教皇来日】 東日本大震災 被災者と面会 自主避難の高校生「力を持つ人たちに悔い改めの勇気を」 2019年11月26日

 教皇フランシスコは日本訪問3日目の25日、千代田区内のイベントホール「ベルサール半蔵門」で、東日本大震災の被災者らとの集いに出席した。集いには2011年3月11日の東日本大震災と、福島第一原子力発電所事故による福島、宮城、岩手県の被災者ら約300人が参加した。

 被災者を代表して、岩手県宮古市の幼稚園園長、加藤敏子さん、原発から北西約17キロにある福島県南相馬市の同慶寺住職、田中徳雲(とくうん)さん、当時8歳で福島県いわき市から東京へ自主避難した高校2年生、鴨下全生(まつき)さん=写真=が登壇し、それぞれの体験から災害がもたらしたもの、自分や家族や共同体に与えた影響、困難の中を歩みながら得た思いなどを語った。

 東京へ転校後にいじめを経験し、福島出身であることを隠していた時期もあるという鴨下さんは、「汚染された大地や森が元通りになるには、寿命の何倍もの歳月が必要。そこで生きていく僕たちに大人たちは汚染も被ばくも、これから起きる可能性のある被害も、隠さず伝える責任がある。嘘を認めないまま先に死なないでほしい」とし、国策としての原発推進、賠償額や避難区域の線引きによって分断された被災者の実態などを自身の言葉で訴え、「僕たちが互いの痛みに気付き、再び隣人を愛せるように。残酷な現実であっても目を背けない勇気が与えられるように。力を持つ人たちに悔い改めの勇気が与えられるように。皆でこの被害を乗り越えていけるように。そして、僕らの未来から被ばくの恐怖をなくすため、世界中の人が動き出せるように祈ってください」と呼び掛けた。教皇は登壇した被災者ら一人ひとりの手を取り、耳を傾け、励ましの声をかけた。抱き寄せられた鴨下さんが感極まりうつむく場面も見られた。

 講話の冒頭で教皇は、地震、津波、原発事故によって言い表せない辛い思いを体験したすべての人を代表し、大勢の人が被った悲しみと痛み、よりよい未来に広がる希望を伝えてくれた被災者代表の方々に謝意を述べた上で、1万8千人に上る犠牲者、そして遺族、行方不明者のために、参加者と共に沈黙の祈りを捧げた。

 また、「一人で『復興』できる人はどこにもいない、誰も一人では再出発できない」と述べ、町の復興を助ける人だけでなく、展望と希望を回復させてくれる人々との出会いが不可欠と指摘。「私たちはこの地球の一部、環境の一部である」とし、天然資源の使用、特に将来のエネルギー源に関して、勇気ある決断をすること、無関心と闘う力のある文化を作るため、働き、歩むことを、最初の一歩とするよう勧めた。

 福島第一原子力発電所の事故とその余波については、科学的・医学的な懸念はもとより、社会構造の回復という大きな課題を指摘。「地域社会で社会のつながりが再び築かれ、人々がまた安全で安定した生活ができるようにならなければ、福島の事故は完全には解決されない」「三大災害(地震、津波、原発事故)後の復興と再建の継続には、多くの手と多くの心を一致させなければならない」と話した。

 同じく福島の被災者として登壇し、教皇と面会した柳沼千賀子さん(カトリック二本松教会信徒)の話

 イエス様から鍵を渡され後継者となったペトロの後継者である教皇様の来日は、2000年前のイエスの出来事が過去のものではなく、現代にあってもなお、この地上における神の国の実現のためのメッセージとなりました。現代の最大の懸案となっている「核」と「原発」問題にはっきりとNOを表明されました。この判断の背後にあるのはイエスの教えである人々の救いと平和です。政治家の判断の背後にあるのは、利益と闘いの勝利欲です。どちらが私たちのリーダーとしてふさわしいでしょうか?

 教皇様とのあらゆる集いに、カトリック以外の方々も招待されていたことは嬉しいことでした。カトリックという語の意味は元来「普遍的」という一般形容詞・名詞ですから、イエスの教えを真理として同調する人たちがこうして集まって、天の国がこの地上において実現されるよう宗派を超えて力を合わせていきたいものだと改めて思いました。

 教皇によるスピーチの全文は以下の通り。


東京・ベルサール半蔵門での「東日本大震災被災者との集い」スピーチ

 愛する友人の皆さん。皆さんとのこの集いは私の日本訪問中の大切なひとときです。歓迎に感謝します。特に(体験を語った)敏子さん、徳雲さん、全生さんに感謝します。それぞれのこれまでの歩みを私たちと分かち合ってくれてありがとうございます。

 この3人の方、そして皆さんは「三つの大規模災害」、つまり地震、津波、原発事故によって言い表せないほどの本当につらい思いをされた全ての人を代表しています。災害は、岩手県、宮城県、福島県だけでなく、日本全土と全国民に影響を及ぼしました。

 自分の言葉と姿で大勢の人が被った悲しみと痛みを、そして、より良い未来に広がる希望を伝えてくれてありがとうございます。

 全生さんは自分の証言を終える際に、私に皆さんの祈りに加わってほしいと招いてくださいました。しばらく沈黙の時間を取り、最初の言葉として、1万8000人にも上る亡くなられた方、遺族、いまだ行方の分からない方のため祈りましょう。

 私たちを一つにし、希望をもって前を見る勇気を与えてくれる祈りとなりますように。地方自治体、諸団体、人々の尽力にも感謝します。

 皆さんは、災害地域の復興に取り組み、また現在も仮設住宅に避難し、自宅に帰ることができずにいる5万以上もの人の境遇改善に努めておられます。特に感謝したいのは、敏子さんが的確に指摘されたように日本だけでなく世界中の多くの人が災害直後に迅速に動いてくれたことです。祈りと物資や財政援助で被災者を支えてくれました。

 そのような行動は、時間がたてばなくなるものや、最初の衝撃が薄れれば衰えていくものであってはなりません。むしろ、長く継続させなければなりません。

 全生さんの指摘について言えば、被災地の住人の中には、今はもう忘れられてしまったと感じている人もいます。汚染された田畑や森林、放射線の長期的な影響など、継続的な問題と向き合わなければいけない人も少なくありません。

 この集いが、集まった全員によって、この惨劇に遭った被災者の方々が引き続き多くの必要な助けを得るための、心ある全ての人に訴える呼び掛けとなりますように。

 食料、衣服、安全な場所といった必需品がなければ、尊厳ある生活を送ることはできません。生活再建を果たすには最低限必要なものがあり、そのために、地域社会の支援と援助を受ける必要があります。

 一人で「復興」できる人はどこにもいません。誰も一人では再出発できません。町の復興を助ける人だけでなく、展望と希望を回復させてくれる友人や兄弟姉妹との出会いが不可欠です。

 敏子さんは津波で家を失いましたが、命が助かったことをありがたいと思い、助け合うために団結する人を見て希望を持っていると話してくれました。

 「三つの大規模災害」から8年、日本は連帯し、根気強く、粘り強く、不屈さをもって、一致団結できる人々であることを示してきました。完全な復興まで先は長いかもしれません。しかし、助け合い、頼り合うために一致できるこの国の人々の魂をもってすれば必ず果たすことができます。

 敏子さんが言われたように、何もしなければ結果はゼロですが、一歩踏み出せば、一歩前に進みます。ですから皆さん、毎日少しずつでも、前に進んでいくよう励まします。連帯と献身に基づく未来を築くための一歩です。誰かのため、皆さんのため、皆さんの子どもや孫のため、そしてこれから生まれてくる次の世代のためです。

 徳雲さんは、私たちに影響する別の重要な問題に、どのように答え得るかを尋ねられました。

 ご存じのとおり、戦争、難民、食料、経済格差、環境問題は、切り離して判断したり対処したりはできません。今日、問題を強大なネットワークの一部と見なすことなく、個別に扱えると考えるのは大きな間違いです。的確に指摘してくださったように、私たちはこの地球の一部であり、環境の一部です。究極的には、全てが互いに絡み合っているからです。

 思うに最初の一歩は、天然資源の使用に関して、そして特に将来のエネルギー源に関して、勇気ある重大な決断をすることです。

 無関心と闘う力のある文化をつくっていくために、働き、歩むことです。私たちに最も影響する悪の一つは、無関心の文化です。家族の一人が苦しめば家族全員が共に苦しむという自覚を持てるよう力を合わせることが急務です。

 課題と解決を包括的に受け止めることができる帰属という知恵が培われない限り、互いの交わりはかないません。私たちは、互いに切り離せないのです。

 この意味で特別に思い起こしたいのが東京電力福島第1原発事故とその余波です。科学的・医学的な懸念に加え、社会構造を回復するという途方もない作業もあります。

 地域社会で社会のつながりが再び築かれ、人々がまた安全で安定した生活ができるようにならなければ、福島の事故は完全には解決されません。

 これが意味するのは、私の兄弟である日本の司教たちがいみじくも指摘した原子力の継続的な使用に対する懸念であり、司教たちは原発の廃止を求めました。

 この時代は、技術の進歩を人類の進歩の尺度にしたいという誘惑を受けています。進歩と発展のこの「技術主義パラダイム」は、人々の生活と社会の仕組みを形成します。そしてそれは、しばしば私たちの社会のあらゆる領域に影響を与える還元主義につながります。

 従って、このような時には立ち止まり、振り返ってみることが大切です。私たちは何者なのか、そしてできればより批判的に、どのような者になりたいのかを省みるのが大事なのです。

 私たちの後に生まれる人々に、どのような世界を残したいですか。何を遺産としたいですか。お年寄りの知恵と経験が若い人の熱意とやる気とともに、異なるまなざしを培う助けとなってくれます。命という贈り物を畏敬(いけい)の思いで考える助けとなるまなざしです。

 さらに、ユニークで、多民族、多文化である人類家族として、私たちの兄弟姉妹との連帯を培うことも助けてくれるのです。

 私たちの共通の家の未来について考えるなら、ただ利己的な決断は下せないこと、私たちには未来の世代に対して大きな責任があることに気付かなければなりません。

 その意味で私たちは、控えめでつつましい生き方を選択することが求められています。それは、向き合うべき緊急事態に気付く生き方です。

 敏子さん、徳雲さん、全生さんは、未来のための新たな道を見つける必要を私たちに思い出させてくれました。一人一人と自然界とを大切にする心に基づく道です。

 この道において私たちは皆、神の道具として、被造界(神の創造した世界)を世話するために、おのおの自身の文化や経験、自発性や才能に応じた協力ができるのです。

 愛する兄弟姉妹の皆さん。「三つの大規模災害」後の復興と再建の継続的な仕事においては、多くの手と多くの心を、あたかも一つであるかのように一致させなければなりません。

 こうして、苦しむ被災者は助けを得て、自分たちが忘れられていないと知るはずです。

 多くの人が、実際に、確実に、被災者の痛みを共に担っていること、兄弟として助けるために手を差し伸べ続けると知るでしょう。

 改めて、大げさにではなく飾らない姿勢で、被災者の重荷を和らげようと尽くした全ての皆さんに、賛美と感謝を申し上げます。そのような思いやりが、全ての人が未来に希望と安定と安心を得るための歩むべき道となりますように。

 ここに集まっていただいたことに改めて感謝します。私のために祈ってください。神様があなたと、あなたの愛する人全てに知恵と力と平和という祝福を与えてくださいますように。

©CBCJ

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