【映画評】 「赦し」に伴う圧倒的な「勝利」 『赦しのちから』 2020年4月11日
全米で興行収入80億を超える大ヒットを記録した「祈りのちから」から5年。同製作陣が再び集結し作り上げた力作、「赦しのちから」がソニー・ピクチャーズ配給にて公開される(公開時期未定)。
アメリカでの原題は「Overcomer」(打ち勝った者)。「overcome」という単語は、King James Versionによれば聖書全体で20回出てくるが、その中でも代表的な箇所は、ヨハネによる福音書ではないだろうか。「……あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。私はすでに世に勝っている」(16:33)
聖書になじみのない多くの日本人には、この原題は少々理解しにくいだろう。「赦し」と「勝利」にどんなつながりがあるのか……。その意味で、「キリスト教のメッセージをありのまま伝える」監督・ケンドリック兄弟の思いを汲んだ、ふさわしい邦題になった。
高校のバスケットボール部のコーチ、ジョン・ハリソンは、やりたくないクロスカントリー競走のコーチをするという貧乏くじを引く。町の工場閉鎖の影響で多くの市民が町を去ったため、バスケットボールチームが解散してしまったからだ。業績主義のハリソンは、思った通りにならない自分自身を受け入れることが出来なかった。そんなクロスカントリー部に入ったのは、暗く塞ぎがちで喘息を患ったハンナという女子生徒一人だけだった。
しかし、ひた向きに練習を積んで大会の優勝を目指す彼女の姿を見て、それまで愚痴や不満に満ちていたハリソンにも変化が生まれる。そんな時、ハンナの運命をかえる二つの大きな出会いがあった。そこには「赦し」というキーワードが……。友達、夫婦、そして親子関係の軋みは人生で避けては通れないもの。本作では、その人間関係の軋みに「赦し」を適応した時、各人に訪れる大きな変化や勝利(overcome)をドラマチックに描く。
ファンには嬉しいサプライズもある。前作『祈りのちから』で主演を演じたプリシラ・シャイラーが高校の校長役で出演しているのだ。さらに挿入歌には、前作で音楽担当を務めたポール・ミルズに加え、ザック・ウィリアムズやトーレン・ウェルズ、ヒルソングなどの有名なコンテンポラリー・ミュージックを採用。耳馴染みが良く、かつ感情を揺さぶられる音楽で観客を一気に作品へと引き込む。中でも特に観客の心を掴む一曲「You Say」を歌うのは、映画『ブレードランナー 2049』のサウンドトラック盤で「Almost Human」を歌ったローレン・デイグル。スモーキーで繊細な歌声と力強い歌詞が作品を鮮やかに彩る。
一見すると、「overcome=打ち勝つ」と「赦しのちから」では、言葉から受ける印象はずいぶん違う。それらの間にあるつながりも、すぐには分かりにくいかもしれない。しかし本作鑑賞後、テーマを噛み締める中で私たちはこのタイトルに納得する。
現実の私たちがそうであるように、本作の登場人物たちも「いつも慈愛に満ちた完璧な聖人」ではない。それゆえ彼ら自身も「よろしくないこと」をするし、誰かを赦すことも簡単ではない。真の「赦し」は不完全な私たちの優しさや慈愛では成し得ない。「赦し」にはハードな甲藤と決意が要る。そしてこのハードな決意の先にある真の「赦し」には、圧倒的に「打ち勝つ」ことが伴うのだ。そして納得する。「赦しのちから」は「overcome」だ、と。
監督:アレックス・ケンドリック
出演:アレックス・ケンドリック、プリシラ・シャイラーほか