【夕暮れに、なお光あり】 愛誦の言葉 渡辺正男 2020年7月11日
函館に遺愛学院という中高のキリスト教主義学校があります。東京以北の私学では一番長い歴史があります。
私は、以前函館教会の牧師であった時に、遺愛の聖書の授業を担当し、理事の任にも当たりました。今も親しい友人が校長をしていて、卒業礼拝などに招かれることがあります。
その遺愛の歴史の中で、特に大きな足跡を残した人物にデカルソンという米国人教師がいます。ミス・デカルソンは30歳で来日して、長年校長として務めを担い、35年間、人生の大半を遺愛にささげました。清教徒風の厳しい教師でしたが、生徒・職員だけでなく、函館市民からも敬愛されたと聞きます。幼稚園を設立し、函館盲・聾学校設立にも協力して、函館の名誉市民となり、「函館の母」とも慕われたのです。
デカルソン女史は歳を重ねて、引退の時を迎えました。函館を離れる時に、万感の思いを一言、「わが酒杯はあふるるなり」と語りました。詩編23編5節の言葉ですね。「酒杯」にあふれるのはぶどう酒です。ぶどう酒は、主なる神の祝福と恵みの象徴だと思います。「わが酒杯」とは何でしょう。それは彼女の遺愛での歩みであり、そして彼女の人生そのものであったのではないでしょうか。
函館での35年に及ぶ苦労多い日々に、神の祝福豊かであった――その深い感謝を、彼女は詩編のみ言葉で表現したのだと思うのです。
デカルソン校長の話を聞いて以来、この詩編の1節は、私の愛誦の聖句になっています。
最後の任地は、千葉県房総半島の最南端、館山の南房教会でした。南房教会を辞す時に――それは牧師を引退する時でしたが、感謝の思いを、デカルソン女史にあやかって、「わが酒杯はあふるるなり」と語りました。
引退して早10年にもなります。親しい者や友人を何人も天に送りました。80代も半ば近くになり、そろそろ心の旅装を整えなければなりません。
顧みると、思いがけない道を歩んできました。恥ずかしいこと、悔いることがたくさんあります。その歩みをどう総括したらよいのでしょう。
失敗や過ちにいや増さる神の祝福が豊かであった、「わが酒杯はあふるるなり」――とそう言えたらいいですね。
「あなたは……わたしの頭に香油を注ぎ/わたしの杯を溢れさせてくださる」(詩編23:5=新共同訳)
わたなべ・まさお 1937年甲府市生まれ。国際基督教大学中退。農村伝道神学校、南インド合同神学大学卒業。プリンストン神学校修了。農村伝道神学校教師、日本基督教団玉川教会函館教会、国分寺教会、青森戸山教会、南房教会の牧師を経て、2009年引退。以来、ハンセン病療養所多磨全生園の秋津教会と引退牧師夫妻のホーム「にじのいえ信愛荘」の礼拝説教を定期的に担当している。著書に『新たな旅立ちに向かう』『祈り――こころを高くあげよう』(いずれも日本キリスト教団出版局)、『老いて聖書に聴く』(キリスト新聞社)、『旅装を整える――渡辺正男説教集』(私家版)ほか。