『人生に悩んだから「聖書」に相談してみた』『キリスト教って、何なんだ?』 聖書を「知ってもらう」「使ってもらう」ための試行錯誤 上馬キリスト教会 MAROさんインタビュー 2020年10月1日

 Twitterでのフォロワーが10万を超えた単立上馬キリスト教会。「ふざけ担当」ことLEONさんと一緒にアカウントを管理する「まじめ担当」のMAROさん(同教会信徒)は、このほど新刊『上馬キリスト教会ツイッター部の キリスト教って、何なんだ? 本格的すぎる入門書には尻込みしてしまう人のための超入門書』(ダイヤモンド社)、『人生に悩んだから「聖書」に相談してみた』(KADOKAWA)を立て続けに上梓した。非信徒向けに福音を伝える極意について改めて聞いた。

悩みは「解決しなくてもいい」

――すでに出された『世界一ゆるい聖書入門』『世界一ゆるい聖書教室』(講談社)と差別化を意識されましたか? それぞれに込めた思いをお聞かせください。

 「世界一ゆるい」シリーズはとにかくまず「聖書を楽しむこと」「聖書に親しんでもらうこと」が主眼です。特に『教室』の方は人物にスポットを当てて、人間らしさや、親しみやすさを強調しました。『上馬キリスト教会ツイッター部の キリスト教って、何なんだ?』(以下、『何なんだ』)はそこからもう少し「聖書を学ぶ」「知ってもらう」方向にシフトさせました。

 『人生に悩んだから「聖書」に相談してみた』(以下、『相談してみた』)は今までの「親しんでもらう」「知ってもらう」から少し離れて、しいて言えば「使ってもらう」のがコンセプトです。さまざまな悩みを抱えて煮詰まっている人が「新しい視点」を獲得できるような、そんなコンセプトで書きました。人はつい「悩み」は解決しなきゃいけないと思ってしまう。でも聖書を読めば「悩み」は必ずしも解決すべきものではなくて、一緒に付き合って生きていくものだったりするわけです。「解決しなくてもいいんだよ」と言ってあげるだけで、楽になれる人って実は多いんだと思います。

脱出口を求める現代人

――これまでの入門書は、一般の読者にはやや難しすぎる面がありました。本来は信徒以外にこそ読まれるべきなのに、その姿勢が欠けていたように思います。

 友人に長唄の三味線弾きがいて、街のライブハウスやギャラリーで初心者向けの演奏を披露しているんです。歌舞伎座や新橋演舞場など、「ちゃんとした」ところでももちろん「初心者向け」の興行はあるんですが、それでも本当の初心者にはハードルが高い。でも、ライブハウスとかカフェとかでやってくれれば行けるし、そこで面白いと思えば「次は歌舞伎座に行ってみよう」とも思えます。

 ……と言いつつ、僕もまだそのカフェ止まりで歌舞伎座までは実際に行けていないんですけどね。それでも、次に誰かから「歌舞伎座に行こう」と誘われた時に、「前から興味あったんだよね」と、抵抗なく行ける状態にはなったので良いと思うんです。

 聖書も同じで、今までの「聖書入門」は、いわば「歌舞伎座の初心者向け興行」だった。やっぱりカフェまでハードルを下げないと。ですから『何なんだ』は「教会に来てほしい」とか「聖書を読んでほしい」という願いはもちろんありつつ、それより「居酒屋とかで雑談として聖書の話題を出す人を増やしたい」程度の気持ちが強いんです。教会に「行こう」とか「行ってみたい」まで行かなくても、「何かの機会があったら行ってみてもいいかな」ぐらいの気持ちを作られたら大成功です。

――それにしてもこの間、Twitterを含めて、信者ではないのにキリスト教について知りたいという潜在的なニーズが想像以上にあることが可視化されたと思います。上馬キリスト教会の読者はどんな方々だと感じていますか?

 特にここ5年ほどはそういうニーズが顕在化してきた時期だと思っています。そこに今回のコロナ禍が決定打になった。20世紀の末ごろ、「21世紀は心の世紀になる」と言われていました。それは実際にはなかなか来なかったんですが、20年遅れでようやく来はじめたのかなと。物質至上主義、経済至上主義に限界を感じている人が、そこからの脱出口を求めていると思うんです。

 だから上馬のTwitterもフォロワーをたくさん得られましたし、「坊主バー(http://vowz-bar.jp/)」も人気だし、お坊さんYouTuberも出てきた。僕たちのフォロワーや読者って、特にキリスト教に興味があるわけではない人が多いと思います。ただ、窮屈になってしまった現代社会の価値観からの脱出口を求めて、キリスト教でも仏教でも神道でも「聖なるもの」にそれを見出した人たち。

 かつてのスピリチュアルブームは、「聖」とはちょっと違ったんだと思います。あれはむしろ「個」を強調するムーブでした。「個」から「聖」へ。そんな流れが少しずつ起きているように感じています。

――なるほど。業界外の出版社の編集者と話し合いながら執筆されたと思いますが、第三者の視点から気づかされたことなどはありましたか?

 「初心者だから浅い質問で済むだろう」と思っていると、強烈に深い質問が来たりするということですかね。それから、動摩擦係数と静止摩擦係数。動いているものをさらに動かすのは簡単でも、止まっているものを動き始めさせるのは難しいんです。信じている人とか信じようとしている人に聖書を語るのは、いわば動摩擦係数の状態。でも、そうではない「普通の人」に語るのは静止摩擦係数の状態です。だからクリスチャンに評価される聖書解説と、ノンクリスチャンに評価されるそれとは、まったく違うんです。

 だから、実社会でもテレビでも、ノンクリスチャンの考え方や疑問を観察しまくりました。むしろこっちから方々で「どんな疑問を持つの?」とか「聖書のこんな話についてどう思う?」などと聞いて教えてもらいました。

「教えてあげる」ではなく「いかがですか?」

――既存のキリスト教界に決定的に欠けている視点かもしれませんね。

 クリスチャンも、例えば普通の人がどうしてお墓参りに行くのかとか、観察すべきだと思います。伝道のためにはそれが不可欠です。「ユダヤ人にはユダヤ人のように」と聖書にあるように、しっかり観察しなければ無理ですから。観察すればするほど、クリスチャンが思う以上に実はノンクリスチャンってクリスチャンについて知りたがっているんだと分かります。

 これらの本も、ノンクリスチャンに「教えてあげる」ではなく、むしろ「教えてもらう」感覚で書きました。「皆さんの知りたいことってこういうこと?」「この言い方でちゃんと伝わる?」というように。「僕らはこうなんですけど、みなさんはいかがですか?」と。

 ダイバーシティ(多様性)が注目されていますが、いろいろなマイノリティについても同じようなことを思います。クリスチャンもマイノリティですし、体に障害があるのもマイノリティ。マイノリティの側が「教えてあげる」になりがちなので摩擦も起きがちですが、「みなさんはいかがですか?」の姿勢であれば摩擦は減るし、認知も加速するんじゃないかなと。もちろん熱く議論すべき時はしなければいけませんが。マジョリティはマイノリティが思っている以上に、実はマイノリティについて知りたがっていると思います。

徹底的な「観察」で相談してもらえる関係に

――『相談してみた』は改めて宗教者に期待されている「悩みを聞く」という役割の重さを痛感しました。世にあふれた悩みに私たちは答えられてきたのか、そもそも相談したい相手として認知されてきたのかというのは大きな問いです。

 そもそも「悩みを相談してもらうこと」が難しくてありがたいことなんです。まずは「悩みを相談してもらえるぐらいの関係」を築くために努力が必要です。その姿勢を持てるといいなと思います。「相談ならいつでも聞くよ」と上から待っているのではなく、かと言って「悩みはありませんか?」と悩み探しをするでもなく。それと、気になるのが「一方通行」です。牧師や神父さんは悩みを「聞く側」ばかりで、「吐く側」に回りにくい。でも、好きな相手にこちらから悩みを吐き出すことで、向こうも「実は私もね」と口を開いてくれることもあるわけです。牧師だって人間ですから、もっと吐き出していいし、吐き出すべきだと思っています。

――『何なんだ』では「三位一体」の説明に苦労の跡が垣間見られましたが、他にも説明に苦労した点などはありますか?

 聖霊(笑)。聖霊を説明するために聖霊に祈りまくりました! それと進化論ですかね。一度、書いたものを全部書き直したんです。それで出版が遅れたのもあります。牧師の助言もいただきつつたどり着いた結論が「聖霊に頼れ!」でした。あとは読む人の心にも聖霊が働いてくださることを祈るのみです。

――次回作や今後の抱負などあれば……。

 まだ言えませんが、次回作の企画は始まってます。『入門』から『何なんだ』まで、慣れない出版の世界でもがきながら駆け抜けた感覚があったところで、割とポンっと『相談』が生まれ落ちて、なんとなく「ひと回りしたな」とホッとできる時間になっているんです。だからここで信仰とか祈りとか、ゆっくり見直して、体勢を整えてから次に進もうかと思っています。

 ノンクリスチャンの観察って、たぶん僕のライフワークになると思います。観察すればするほど、クリスチャンが思う以上に実はノンクリスチャンってクリスチャンについて知りたがっているんだと分かりますから。なので抱負と言うなら、「神様と人とを、まだまだ観察しまくる!」です。

――貴重なお話をありがとうございました。(本紙・松谷信司)

MARO(上馬キリスト教会ツイッター部) 1979年東京生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科、バークリー音楽大学CWP卒業。キリスト教会をはじめ、お寺や神社のサポートも行う宗教法人専門の行政書士。著書に『上馬キリスト教会の世界一ゆるい聖書入門』(「ふざけ担当」LEONとの共著、講談社)など。

 

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