【宗教リテラシー向上委員会】 英国の宗教教育の現在 與賀田光嗣 2021年2月11日

 英国では昨年の春以来、3度目のロックダウンを迎えている。Covid-19による死者は10万人を超えた。一方でワクチン接種は順調に進み、400万人が1回目の接種を終えた。妻の働くケアホームではスタッフ、入居者がワクチンを接種した。学校にもラピッドテストキットを配布し、感染対策と教育との両立を英国政府は目指そうとしている。それまで当面はオンライン授業の日々だ。

 私もオンライン授業・礼拝の準備で、PCの前から離れることができない。我が家の子どもたちもタブレットの前で日々を送っている。課題のチェックや設問の意味を尋ねられるので、子どもたちの教育を以前より興味深く見ることができる。特に参考になるのは英国の宗教教育だ。私も勤務校では英国の宗教科のテキストをよく参照している。

 英国では義務教育で宗教の科目がある。この科目は高校でも学べ、大学受験科目としても使える。宗教科の授業がある国はいくつかあるが、そこには2種類ある。ドイツの多くの州では、各人の宗教別に授業が行われる「分離型」によって、自己の信仰を深めアイデンティティの確立を目指す。英国では、同じクラスの中に諸宗教、無宗教の生徒と共に行う「統合型」によって、宗教・民族が異なる者同士の相互理解が求められる(各国の宗教教育について日本語で読める文献として、藤原聖子東京大学教授の著作が詳しい)。

 英国の宗教科ではキリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、シーク教、ユダヤ教、仏教の六つの宗教を学ぶことになる。自分の宗教とは何なのか。隣人の宗教とは何なのか。両者の共通性と差異性を見つけ出し、自己理解と他者理解を深めていく。そのため日本の教科書的に各宗教の創始者を覚えるということよりは、現在のその宗教の姿や慣習を学ぶことが多い。具体的な生きた宗教として共に考える機会が与えられる。

 もちろん単なる相互理解だけでは社会の分断は修復されない。9.11のテロや2011年のロンドン暴動を受け、英国の教育は多文化共生主義からポスト世俗主義へと移行した。高学年になると市民社会を構築するために、現在の共通の問題が取り上げられる。難民問題、経済格差、生命倫理、死刑制度、マイノリティ、LGBTQ、また宗教テロ、戦争について、諸宗教が持つ多様な見解を知る必要がある。これらを通して生徒は、自己の宗教的背景を基に倫理的判断を下す訓練がなされていく。英国市民としての公共性を作り上げることが目標とされるのだ。

 もっとも、欠点がないわけではない。あくまで近代の諸原則を受容した上で、市民社会を構築するための宗教的規範が求められるからだ。その際、近代の諸原則と世俗的リベラリズムを教育者が混同しないことが肝心である。この問題が顕在化したものとして、2019年バーミンガムの小学校にてムスリムの保護者達による抗議デモがある。LGBTQの授業がその小学校では「道徳的に正しい」ものとして行われたことに起因する。保護者たちの主張はLGBTQ教育に対してではなく、特定の価値観の正しさを強要することへの反発だったのだ。

 「寛容」と翻訳される「tolerance」という言葉は、他者への開かれた態度、独断的ではない態度を意味する。反対の意見や立場に同意はせずとも、これを認める(agree disagree)ことが必要だ。社会の分断や既存の格差が露わとなったコロナ禍の英国において、どのような宗教教育がなされていくのだろうか。新たな動向を見守りつつ、多くのことを学んでいきたい。

與賀田光嗣(立教英国学院チャプレン)
 よかた・こうし 1980年北海道生まれ。関西学院大学神学部、ウイリアムス神学館卒業。2010年司祭按手。神戸聖ミカエル教会、高知聖パウロ教会を経て現職。妻と1男1女の4人家族。

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