【宗教リテラシー向上委員会】 共存のための住み分け再考 山森みか 2021年2月21日
私はかつて「共存するための住み分け」と題し、「生における大原則に関わり、寛容や歩み寄りによって妥協点が見出せない問題がある場合は、不幸な暴力の発露を避けるために住み分けで解決するしかない」という趣旨のコラムを当欄に書いた(2019年8月1日付)。だが、このコロナ禍においては、なかなかそうも言っていられない状況が出てきている。
イスラエルにおけるユダヤ教超正統派は人口の10%ぐらいなのだが、彼らの政党は連立政権におけるキャスティングボードを握っているため、政府も彼らに対して強く出られないという事情がある。イスラエルは昨年春の第1回、秋の第2回ロックダウンを経て、昨年末から3度目のロックダウンに入った。2度目のロックダウンの時、政府のコロナ対策責任者が提案した信号方式(感染状況によって地域の危険度を色分けし、危険度に応じた対策を取る)は、レッドに認定されたユダヤ教超正統派やアラブ人居住地の人々の激しい抵抗に遭って頓挫した。つまりどのようなコロナ対策を取る時も、イスラエルは全国一律にしなければならなくなったのである。
その矛盾が噴出したのが今回3度目のロックダウンの時であった。3度目ともなると規則に従う人も少なくなり、政府は規則の厳格化で対抗したがさほど真剣には受け取られなかった。またロックダウンとほぼ時期を同じくして、広範かつ迅速なワクチン接種プロジェクトが、まずは医療関係者、60歳以上と基礎疾患がある人に向けて開始された。だがちょうど感染力が強い英国からの変異株が入ってきたこともあり、先の2回のようなロックダウン効果はすぐには見られなかった。
そのような時に、警察が市民に課したマスク装着、学校や商店の閉鎖に関する規則違反の罰金切符が、1万人あたり一般は58回、アラブ人は80回、ユダヤ教超正統派は27回(10日間)で、超正統派地区でのみ実効再生産数が上がっているという報道があった。超正統派以外の人々が不公平な扱いに憤ったのは当然である。
そうなると政府も手をこまねいているわけにはいかず、警察が超正統派地区に入って規則に反して開いている学校を閉鎖させようとしたのだが、警察車両に投石されたりしてけが人が出た。そして、前面に立たされる自分たちこそ政治の道具にされているという警察の政府に対する不満が表明された。その後、超正統派のラビの葬儀に大勢の人が集まった時も、警察はほぼお手上げ状態であった。また政府がどれほど広報に力を入れても、ワクチン接種率が超正統派とアラブ人居住地ではかなり低いことも判明した。
平時であれば居住地のゆるやかな住み分けで避けられた衝突が、ウイルス感染という状況下ではそうもいかなくなってきた。一般の人たちは、なぜ政府の方針より宗教的規範を優先する人々のとばっちりを自分たちが受けなければならないのかと怒り、このような状況では個人の行動変容ではなく、ワクチンという外部からの力に頼るしかないと認識している。ワクチン接種はあくまで任意だが、今後接種済証明書の所持者に文化施設への入場許可などの特典が与えられるようになると言われている。その場合は接種済証明だけでなく罹患回復証明、PCR検査陰性証明も同時に有効にすべきだという案もあるが、ワクチン接種への態度が人々の間の分断をさらに広げるかもしれない。価値観も考え方も異なる人々が、感染症が広がる中で物理的に近接しつつどう共存していくのか。今後もこの問題について考え続けていきたい。
山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995年より現職。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。昨今のイスラエル社会の急速な変化に驚く日々。