【宗教リテラシー向上委員会】 コロナ禍と米国の「宗教の自由」論争 藤井修平 2021年6月11日
新型コロナウイルスの広まりは、その感染拡大防止のために宗教活動の厳しい制限をもたらした。日本ではほとんどの教団・宗教団体が活動制限を受け入れ、行事や儀礼を中止ないしオンライン開催としていたが、米国では州単位で下された宗教活動の禁止令に対し、あちこちで反発が起き、法廷闘争に持ち込まれることもしばしばだった。
こうした反発の背景には、米国特有の「宗教の自由」に関する考えが存在する。それを明らかにするために、宗教情報リサーチセンターが刊行している『ラーク便り』に掲載されている世界の宗教ニュースから、米国での出来事を取り上げてみよう。
ケンタッキー州ルイビルのフィッシャー市長=写真=は2020年のイースターを迎えるにあたって、イースター期間には外出の機会を減らすためドライブスルー形式の礼拝であっても許可しないとした。これに対し地元の教会が礼拝の禁止は宗教の自由を侵害していると訴え、その訴えは認められた。
また10月にはニューヨーク州のクオモ知事が、感染が拡大している州内のいくつかの地区を特定し、集会や礼拝、学校の活動などに制限を設けると発表した。これに対し当該地区のユダヤ教組織とカトリック教会が宗教活動の自由が侵害されていると訴えたところ、連邦最高裁は州による集会の規制は宗教の自由を保障した憲法修正第1条に反するという判断を下した。
各地で起こされた訴訟において必ずしもすべての活動制限が違憲と判断されたわけではないが、このような訴えが起こされ、認められるのは「宗教の自由」を保護する動きが米国に存在しているためである。
米合衆国憲法修正第1条は国教樹立の禁止と共に、宗教活動の自由を保障している。この条項は従来は国家と宗教の間に壁を設け、両者が相互に不干渉を保つものと解されていたが、近年その解釈が変化しつつあり、「国家は宗教を保護するもの」という考えが広がってきている。それが顕著になっているのが、いくつかの州での「宗教の自由回復法(RFRA)」の成立である。この法律は宗教の実践に対して政府が大きな負担をかけることを禁止するもので、結果として宗教的信念を理由にさまざまな例外を認めることを許すこととなっている。
2014年の「バーウェル対ホビー・ロビー」訴訟では、従業員に対して適切な医療保険を提供する義務を企業に課す医療保険制度改革(オバマケア)に対し、企業が避妊薬の費用を負担することは一部のキリスト教の教義で禁止される中絶の容認を意味しており、RFRAに反するとキリスト教徒の経営者が主張し、最高裁はこの訴えを認めた。2018年にも宗教的信仰を理由に同性カップルに対するケーキの作成を拒んだコロラド州のケーキ職人の行為が差別ではないとされるなど、同様の判決は増えている。
上記の文脈を踏まえれば、今回のコロナ禍において規制に反発する宗教団体が相次いだことも理解できるだろう。米国では宗教の権利が徐々に手厚く保護されるようになっているのだ。こうした保護は性的少数者の権利や、今回のケースで言えば感染拡大の防止を犠牲にしたものであるためリベラル派からはしばしば批判の対象となっているが、これも自由の行使の仕方の一つといえる。この状況をどのように受け止めるにせよ、「宗教の自由」の広まりは米国の宗教の現状を理解する際に重要なポイントとなってくるだろう。
藤井修平(宗教情報リサーチセンター研究員)
ふじい・しゅうへい 1986年東京生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。東京家政大学講師。進化生物学・認知科学を用いた研究を中心に、宗教についての理論と方法を研究している。共訳書にM・エリアーデ著『アルカイック宗教論集』(国書刊行会)がある。
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