彼女と数回話すうちに、「あるセミナーに参加してほしい」と誘われた。「自信回復CAMP」というオンライン上のプログラムで、週2回Zoomによる無料講座を100日間受けると自信を回復させると謳われていた。オリエンテーションには5060人ほどが参加していたが、並行していくつも授業が行われているようだった。さんが参加した授業には1520人が集まり、韓国人の男性2人が仕切っているようだった。講師はセミナーに誘った同じ女性さんだったが、なぜか別の名前に変わっていた。偽名を使われたことに違和感を感じつつ参加するうちに、途中で聖書を使って学んでいくと言われた。

新天地であることを隠してブログやSNSに掲載されている「自信回復CAMP」の案内

 「そのうちに神様、創造主、天国の秘密、再臨の時、肉的世界、霊的世界、聖書の比喩の解き明かし、種、畑、倉、木、鳥、火、香炉、光と闇、燭台、食物、黙示録の預言と成就などを教え出しました。彼女(講師のさん)は聖書を通読したことがない、神学校に通ったこともない、教会も行ってないと言っていました。聖書というとても神聖な人文古典を学ぶのに大丈夫? と不安に感じましたし、聖書の授業はきちんと神学校を出られた信仰心が深い牧師さんなどがするものだと思っていました。しかし、そんなケースもあるんだ、くらいに最初はあまり気にしていませんでした。彼女(講師のさん)は純粋に神様の御言葉を学ぶことで本当に人格が、そして心が清く変わるから! 私がそれで変われたのだから、それをあなたにも証明してみせるから! と授業に参加するように言われました。仕事の関係で授業を休んだ時は、講師陣から直接電話を掛けて来ることもありました。なんだか日常生活を監視されているような気持ちになりました」

 学びの中身は、すでに出来上がったPPTファイルを説明しているだけだった。「つまり誰でも教えられる内容だと思いました。だからきちんと神学を学んだ牧師じゃなくても教えられるんだと改めて感じました。韓国語と日本語の2種類の出来上がったファイルが存在していました。通訳の関係で授業によって使い分けていました。授業に参加して間もないころに、突然あなたのフルネーム、住所、年齢を教えてほしいなどと言われてとても不信感を感じました。なぜ? と聞くと、質問フォーマットに回答するかたちで、世界で一つだけの!! まさにあなた独自の性格診断の本を作成して送付するからと言われました。韓国では有料だけど日本では特別に無料です、と言われました。また、さらに誕生日にプレゼントも送られるとのことでした」

 学びをしていくうちにさんは、ここがどんな団体なのか不安になってきた。ホームページも無いし、代表者も分からない。「聖書を使うということはキリスト教なのですか? それでしたらどちらの宗派や団体ですか?」と、韓国人の幹部と思われる男性と講師に聞いても、「特にどこにも所属してないですよ。それでも聖書の御言葉は教会ではなくてもきちんと学べますよ」と言われた。

 「とても不健康な団体に思えてきました。私が主観的にそう感じていると良くないので、知っていた教会の牧師やクリスチャン兄弟姉妹に聞きました。見事に全員一致で、どう考えても怪しいし不健康な団体だとアドバイスされました。健全な団体であれば必ず団体名、代表者を明らかにするはずだからだ、と言われました。そこの団体は、学んでいる人たちはほとんどが聖書を学んだことのないまったくの素人でした。自己肯定感回復のための学びが、うまく誘導されていつのまにか、今は創造主の再臨の時という話を何度も聞かされていました。ある時、講師に、なぜこのセミナーでは、聖書を使った学びであることを最初に言わないのですか? と質問したら、日本人は聖書とか宗教にとても抵抗があるからセラピー的に聖書を用いて教えているんだと言っていました。私は彼女が何かをしきりに隠してとても動揺して説明しているのがすぐに分かりました」

 Sさんがこの学びに疑問を感じたのは、幸いにもたまたま同時期にある教会の牧師のところで聖書を学んでいたからだ。「だからこそ比較することができました。両者を比較してみて、どうも、こちらのZoom授業の方に違和感を感じていました。イエス様の愛についてほとんど語らず、学びの内容が聖書の比喩の解き明かしや、メシア再臨時のことにフォーカスしていたからです。そんななか、講師からある時、ボソッと本音を漏らすように……あなたには本当は教会にはあまり通ってほしくないんだよなぁ、と言われました。とても違和感を感じました。ある時、私は講師に新約聖書の福音書の部分や手紙については詳しくやらないのですか? と尋ねたら、彼女はかなり怒った様子で、『なぜあなたがうちの授業の内容に口出しするんですか!』と強く言われてとても怖い思いをしたことがあります。私は聖書の四福音書と手紙の部分がイエス・キリストの愛を知るためには絶対に欠かせない学び内容だと思っていたからです。しかし私の要望は、単に自己中心的な要望と思われて講師に一蹴されました」

 「そうしているうちに、ある時、講師の態度が豹変しました。攻撃的にそして私を裁くような言葉で接してきたのです。私は講師の人間性を心から尊敬していましたし、私は講師を一度も批判したこともないので、なぜ態度が豹変したのか理解できませでした。ただ、その団体について疑問や違和感をずっと持ち続けていたことはたびたび伝えていました。揉めるのは嫌だし楽しく学びたかったので、そんな状態でここにいたくありませんでした。なので、私もわざわざそちらの学びに固執しなくても教会で聖書を学べるから、この授業は辞めます! と言いました。そうしたら、その時に講師は、『あなたはうちの教えを重視しない。そして教会で聖書を学べるという思いそのものが傲慢だ!』と言われたり、強制的にそこの男性幹部2人と講師、私を含めて4人で話をすると言われました。そこの学びに引き留めるためだったと思います。なんだか怖くなり、Zoomを自ら終了しました」

 こうしてさんは、素性を明かさないで勧誘する「怪しい団体」に入り込む前に辞めることができた。その時に念を押されたことがある。「辞めさせられた、などと勝手なことや余計なことは他の生徒に一切言わないでください! と口止めされました。他の生徒が心配するからだと言われました。講師との約束通り、共に学んでいた兄弟姉妹には辞めた理由は一切言いませんでした。みんな一緒に学んだ仲間は私が急に辞めたことを当然驚いて、なぜ急に辞めたのですか? ととても心配されました。私は共に学んだ兄弟姉妹と別れなければならなかったことが一番悲しかったですし、辛かったです。日ごろからやり取りしていたからです」

 「そして、あんなに最初はやさしかった女性講師の人柄、態度が豹変したことで彼女に対してもそうですし、人間に恐怖と不信を抱くようになってしまいました。後遺症として、どんなに良い人でも人柄に必ず裏があるのでは? と絶えず人に恐怖を抱くようになったし、もう安易に人を信用することができなくなったのです。その団体の学びではイエス・キリストの愛を知ることはできないんだということを、講師を通じて知ることができました。だから辞めて本当に正解でした」

 一連の出来事、そして学びの内容を教会の尊敬している牧師(20年のベテラン韓国人の牧師)に伝え、授業内容を記したノートを提供したところ、調査の結果、ほぼ新天地(新天地イエス教証拠=あかしの=幕屋聖殿)であることが判明した。

 Sさん自身もネットで確認したところ、YouTubeにあった新天地を脱会した人の証言ビデオを見て、自分が学んでいたものと共通することが分かった。

 この動画では新天地からの脱会者が、新天地が学びに誘う時に正体を隠そうとする実態を明かしている

 自信回復CAMPを紹介するブログをたどっていくと新天地のイ・マンヒ総会長が出てくる「アジア平和セミナー」とつながっていることが確認できた。オリエンテーションで自信回復CAMPについて力説していた韓国人男性の名前が、新天地関連のホームページに載っていることも確認した。

「アジア平和セミナー」も新天地。こちらには新天地の教祖で永遠に死なないと内部で教えられているイ・マンヒ総会長の名前がある。

オンラインセミナーで語る新天地の李蔓煕(イ・マンヒ)総会長

 新天地が韓国で猛威を振るっている異端・カルトであることは後から知った。「最初に聖書の学びであることを隠していたので、並行して違う教理の聖書学びを結果的にすることになり、教会に迷惑を掛ける結果となってしまいました。しかし故意ではなく、そこの団体は聖書学びなどまったく言ってなかったし、授業に参加する際には最初は心の成長を謳っていたので、私は何も知らないうちに誘導、洗脳されかけました」

 「それゆえ、せっかく学んでいた心から尊敬している教会の牧師さんからも私が他で同時並行して聖書を学んでいると思われてしまい、ショックを受けたと言われてしまいました。しかし、私は純粋に心理学を学びたかったのです。しかし、そこの団体が最初に聖書を使うことを隠したから、新天地とは知らずに学びを続けてしまいました。教会の牧師さんには迷惑を掛けてしまいましたが、聖書から本物のイエス様の救い、教え、信仰を伝道してくれていたからこそ、この団体の教えの違和感を最後は感じることができて辞められたのだと思います」

 ある牧師から聞いたたとえ話を、さんは印象深く覚えている。鑑定士がなぜブランドと偽ブランドを見分けることができるか。彼らはまず訓練する時に本物ばかりを徹底的に見て学び調べ、本物についてしっかりと学ぶ。その後コピー品、いわゆる偽物を見ると簡単に違いを見破れるという話だ。「つまり私は教会での学びを通じて本当の愛に溢れる聖書の神様の教えを学んでいたからこそ、この団体の不健康さ、違和感を感じることができました。本物の教えを知らなかったら、この団体の教えこそがすべてだと思っていたことでしょう。今そう思うと心からゾッとします。そして何も知らない学びの仲間が不憫でなりません。もちろんそこにいる講師も含めて。彼らがいつか本当のイエス・キリストの愛を、そして真理を知ることを心から祈っています」

 Sさんは、新天地にハマる前に気づいて辞められたことを感謝しつつ、しかし、それから3か月以上が過ぎた今も心の傷は深く残っているという。あれほどまでに自分を認めて教えてくれていた講師が豹変し、人間が怖くなってしまったからだ。「新天地の教えは本来の教理に反すると頭では解っているのですが、心の傷が深すぎて、教理が違っていてもあれだけ仲良くなった兄弟姉妹と離れるくらいならそのまま現状維持でいたほうが良かったのではないかとさえ思ってしまいます。講師からは『さんを心から救いたい! 私も過去に心の傷があったけど今の御言葉の学びで本当に救われて変われたから私がSさんを変えることを証明させてみせるから!』と言われていました。今まで自分はそのように人から手を差し伸べられたことがありませんでしたし、何よりもこんなに寄り添って自分を助けようとしてくれていると思って嬉しかったのですが……

ジモティーに掲載されている「自信回復CAMP」の案内

2030代へ送る希望の手紙:自信回復CAMP

コロナによって世界全体が混乱しています。人類歴史上経験したことがないので、今後どうなるか誰もが分からないです。

この中、コロナによって落ち込んでいる方が増えています。これからどうすればいいか、今のままではダメだと思われる方も多いでしょう。しかし、どこから始めればいいか分からないという方に知らせです。

危機を機会に変えて行きます。

100日間自信を回復させるCAMPを用意しました。

少しだけ時間を投資してみてください。

100日後にはきっと変わります。

❤️自信回復CAMP❤️

 

【異端・カルト110番による解説】

 Sさんの体験談には、正体を隠して組織に勧誘しようとする典型的な「異端・カルト」の特徴がいくつもうかがえます。例えば、勧誘者からそれまで経験したことがないほどやさしく親切にされ、自分を理解して受け入れ寄り添ってくれるように感じられたこと。これは「ラブシャワー」という偽装カルトに特有の心理テクニックです。さんも最後に自分の正直な気持ちを打ち明けているように、教理が違っていることはわかってもこの人たちとつながっていたい、あの幸せだった日々に戻りたいという心情的な依存関係を作り上げるマインドコントロールの手法の一つです。

 最近の特に若者をターゲットにする異端・カルト団体は、入り口ではサークル活動や青少年向けイベントなどを使って参加しやすくする手法も増えています。さんは自身の経験からこう証言します。「主催者は、通常の授業だけではなく、サークルのような楽しさも取り入れるように、たまにイベント(ハロウィンパーティーや紅白歌合戦など)を開催して受講生を飽きさせないように楽しませる工夫をしていました。今思えば、このようなイベントを通して受講生同士の結束を強めさせて、この団体に完全に依存させることが目的だったのだと思います」

 Sさんが特に葛藤を覚えたのは、あれほどやさしく寄り添ってくれた講師の態度が途中で豹変したことでした。一体どちらが本当の講師なのか? 怒らせてしまった自分が悪いのではないか? という気持ちになるとさんは言います。講師の態度が急変したことにさんは驚き、傷ついて人間不信に陥ったことがうかがえます。しかし一般にカルト組織では、個人の判断や思いで伝道する相手に接するのではなく、メンバーの言動は組織のマニュアルや上からの指示に従ってそうしているというのが普通です。

 典型的なカルトのマインドコントロールの手口として、最初に他では味わえないほどの温かいラブシャワーで心情的に引き込んでおいて、途中で奈落の底へ突き落とすような絶望に追いやるという手法があります。そして、苦しさから救われるには「再臨のメシア」に頼る以外ないという依存状態に追い込むのです。さんがその一歩手前で違和感を感じることができたのは、聖書からイエス・キリストの愛についての教えを知っていたからでした。

 Sさんは、2030代の若い人たちが騙されて自分と同じ苦しみを味わうことがないように、「自信回復CAMP」が新天地の偽装セミナーであることを知らせてほしいと願って体験談を提供してくれました。最後に、そのさんが揺れる気持ちの中にあっても主イエス・キリストだけに従っていこうと決意した、聖書のみ言葉を記しておきます。

 「この方(イエス・キリスト)以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです。」(使徒の働き12節=新改訳)