【地方からの挑戦~コレカラの信徒への手紙】 誰かのためなら集まれる 門田 純 2023年2月11日
兄弟姉妹たち、私はこう言いたいのです。ニホンの地方には、大学がある。そして大学も教会と同じように社会とつながる機会を探しているのです。
前号本欄の結びに書いたように、若者が流出していくと言われる地方の小さな会堂が若者であふれかえりました。しかし、働いたのは実は私ではなく、私と共にある神の恵みなのです。一体、何が起きたのでしょうか。
ある日、信徒さんの発案で子ども食堂を始めました。大袈裟なビジョンがあったわけでもなく、他の教会がやっていて「なんとなく面白そうだから」と始めたのです。ところが、びっくりするほど人が集まりません。初回は教会員のお子さんや顔見知りの数人だけ。私たちは途方に暮れました。
しかし、細々とでも続けていれば必ず誰か必要としてくださる方がきっと来てくださる……。そのうちに私たちは「本当に困っている人たち」のために遠慮して来ない方が多いことに気付かされました。私たちも研修会で知ったのです。実は子ども食堂は貧困対策が一番の目的ではありません。月1回1食のご飯では、貧困は解決しません。困った時に相談したり、悩みを聞いてもらえる地域の居場所づくりが目的です。そのためには現に今困っている当事者だけではなく、今は困っていない方にも、困っている方の力になりたい方にも積極的に加わってもらうことにしました。子どもを中心にしながらも、一人暮らしの高齢の方にも声をかけていきました。
「一緒にご飯を食べてくれるボランティアさんも大歓迎!」と、それぞれ知人に声をかけたりSNSで発信したりしました。すると、これに応えてくれた方が来るようになりました。なかなか自分のために教会には行かないけど、誰かのための教会の活動には参加したいという方の存在に気付かされました。手伝う方が増えてくるにつれて、参加する地域の親子も来てくださるようになりました。
たまにチャペルメッセージに呼んでくださるミッション系の大学が教会の近くにあることを思い出しました。「そうだ、コロナ禍で学生さんたちも困っているかもしれない」。食事に招待するつもりで、大学に声をかけると意外な返事が返ってきました。
「ボランティアとして、また学生主体のプロジェクトとして関わらせてもらえないか」。大学も地域と連携して授業の一環として社会活動をする機会を探していたのでした。
また別の大学で教員をされている方が、ご自身の経験から「教会という居場所があることを知ってほしい」という思いで、学生さんたちに声をかけてくださるようになりました。気がつけば四つの大学から学生たちが来てくれています。
学生たちが主体となって、ポスターを作って広報活動をしたり、子どもたちが食事の後に遊んだりするゲームを考えたりしてくれています。また、留学生たちがそれぞれ母国の文化を紹介したりしてくれました。1月はフランスから来た留学生たちの協力で、公現祭のお菓子「ガレット・デ・ロワ」を作りました。
ご飯を食べたり、遊んだりしている子どもたちを学生たちが嬉しそうに見つめています。その学生たちの様子を教会のメンバーたちが愛おしそうに見つめているのです。実際の手伝いができなくても祈ってくださり、支えてくださる方もたくさんいます。このすべてを見つめて導いてくださっている神様は、どんな眼差しで見ておられるだろうか。そんなことを思うのです。
今月からまた新たに、近くの教会で学生が中心になって、子ども食堂が始まろうとしています。
かどた・じゅん 1983年神奈川県生まれ。上智大学経済学部卒業、社会福祉法人カリヨン子どもセンター勤務を経て日本ナザレン神学校へ。現在、日本ナザレン教団 長崎教会牧師(7年目)。趣味は愛犬とお散歩、夫婦と犬2匹猫1匹で全国を旅するのが夢。