「天正遣欧少年使節」図譜 刊行プロジェクト 〝信仰とロマンを後世に〟鎌倉の出版社が挑戦 2023年6月21日
足跡たどる取材 新資料の発見に期待
教皇も直筆の激励メッセージ
1582(天正10)年、有馬のセミナリヨで学んだわずか13、14歳の少年たちが長崎を出航し、インド、アフリカ南端の喜望峰をまわり、リスボン、マドリッドを経由して、ローマ教皇に謁見した。伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルティノ、中浦ジュリアンの4人が再び大西洋、インド洋を経て、長崎に帰り着いたのは1590年のこと。
その8年5カ月にわたる歴史的痕跡や事績を伝えようと、少年らが持ち帰ったヨーロッパの先進的文化や、海外に残された資料を改めて検証し、新たな発掘に挑む「天正遣欧少年使節」図譜の刊行プロジェクトが始動した。
制作・編集を手がけるのは、鎌倉ポルトガル協会会長の伊藤玄二郎さんが代表を務めるかまくら春秋社。同社は2020年、フルカラー800頁を超える大著『潜伏キリシタン図譜』の刊行にあたり、クラウドファンディングを介して1千万円超の支援を得た実績がある。今回も6月末を目途に、国内外での取材、編集、印刷などのための資金をクラウドファンディングで募っている。
伊藤さんはこの間、伊東マンショと千々石ミゲルが弾いたとされる、ポルトガル・エヴォラ大聖堂パイプオルガンの修復事業も手がけ、今年5月には完成を記念するコンサートが開催されたばかり。その作業を通じて、まだ表に出ていない少年使節に関する資料が散逸していることに気づかされたという。400年余りの時を経て、再び大聖堂に響き渡った音色を約600人の聴衆と聞きながら、この図譜の完成に向けて思いを新たにした。
かまくら春秋社はカトリックの出版社ではない。「信者でもないのになぜ?」との質問に、「混迷の世の中で、夢やロマンを見失いがちな若者たちに、命を顧みず荒海に乗り出した少年たちの冒険心や、新しい世界に触れた感動と衝撃を伝えたい」と伊藤さん。消えゆく文化遺産を放置するのではなく、遺すことでその時代の息遣いを後世に継承していくのが、「現代を生きる出版人の責任」だとも話す。
天正遣欧少年使節をめぐっては、これまでも数々の研究がなされてきたが、参照できる資料が限られており、少年たちの歩んだ道を実際に足でたどる本格的な調査は初めて。使節一行の訪問は驚きと歓迎をもってヨーロッパ諸国で受け入れられ、スペインのフェリペ2世をはじめ行く先々で国王や領主たちに歓待されたという。膨大な数の書物や冊子を通して彼らのことが伝えられ、今でも新たに発見される資料の数々は、当時の衝撃の大きさを物語る。
すでに海外での取材を進めてきたカトリック司祭の山口道孝さんは、確かな手応えを感じている。スペインでは、世界遺産にも指定されたエスコリアル修道院を訪ねた。「哲学と神学が融合する図書館の蔵書は、圧巻の一言に尽きます。少年たちも度肝を抜かれたことでしょう。当時のヨーロッパに日本という国を知らしめただけでなく、活版印刷機など西洋の先進的な技術や文化を日本にもたらした少年使節の意義は計り知れません」
取材に同行したカメラクルーによる映像は、DVDとして収録するほか、九州の関係自治体や資料館で教材としての活用も企図している。『潜伏キリシタン図譜』同様、日本語と英語を併記し、世界の研究機関にも寄贈される予定。
伊藤さんは、「点と点でしかなかった足跡を線でつなぐことができる」と、新しい発見にも期待を込める。念頭には常に、前田万葉枢機卿の座右の銘でもある「網を下ろしてみよ」との聖句がある。たとえ困難に思える逆境でも、とにかくチャレンジしてみるというのがモットーだ。
このプロジェクトには、髙祖敏明さん(上智大学名誉教授、前聖心女子大学学長)をはじめ、カトリック教会の大司教らも実行委員として名を連ねる。敬虔なカトリック信徒だった母のもとで幼児洗礼を受け、幼いころから日曜学校や教会のミサへ通ったという歌手の前川清さんもその一人。前田枢機卿とは同級生の間柄。「4人の壮絶な生き様を通して、キリスト教の未来につながるお手伝いができればと思っています」とのメッセージを寄せている。
さらに、5月24日には、教皇フランシスコによるコメント=写真下=も寄せられた。全文、直筆によるメッセージは稀だという。「当時のグレゴリオ13世教皇が日本から訪れた4少年を受け入れ、豊かさを高めたように、この書物が互いの出会いを通して、さらなる豊かさへと導く道具となりますように」
支援はクラウドファンディングの特設ページ(https://readyfor.jp/projects/Tensho_Mission_to_Europe)から。問い合わせはかまくら春秋社(Tel 0467―25―2864)まで。
「天正遣欧少年使節」図譜 概要
【発行】 天正遣欧少年使節記録図譜刊行委員会
【発行人】 髙祖敏明(上智大学名誉教授)
【編集人】 伊藤玄二郎(鎌倉ポルトガル協会会長)
【執筆】 前田万葉(カトリック枢機卿)、デ・ルカ・レンゾ(イエズス会管区長、元日本二十六聖人記念館館長)、五野井隆史(東京大学名誉教授)、平田豊弘(天草キリシタン館館長)、坪根伸也(大分市教育委員会文化財課専門員)、山口道孝(カトリック司祭)ほか
【刊行予定日】 2024年5月末日
【体裁】 菊倍判(302×215㎜)上製本函入り、304頁、オールカラー、DVD付、日本語・英語併記
【発行部数】 限定1000部(番号入り)
【制作・発売】 かまくら春秋社
【予価】 25,000円+税