【Web連載】「14歳からのボンヘッファー 」(14) 春は憂鬱な香り 福島慎太郎 2024年4月10日

 先日、友人のホームパーティーに参加すると4歳になる娘さんが泣いていた。理由を聞くと「あした……バスが……」と目に涙、口周りに鼻水を溜めていた。

 友人に尋ねると次の日から幼稚園が始まるらしく、家以外の場所へ連れていかれることに恐怖を覚えているとのことだった。周りの大人は笑っていたが、僕は泣いている4歳児を見て「何歳になっても不安だよな……」と妙に共感した。

 春は憂鬱な季節だ。咲き誇る桜と新生活に胸躍らせるような広告ばかり目につくが、実際この季節ほど病んでいく人が多い。 新しい生活や環境、そこにまとわりつくのは「こんなはずじゃなかった……」という現実だ。

 伝道師である僕も4月から奉仕する教会が変わったり、働きに変化が生じた。ある人は「大きなチャレンジだね」と声をかけてくれたが、逆を言えば自分のやりたいことや目指す場所へ歩き出すのは孤独と不安の連続だ。

 また中には気づいたら進学、就職をしていて、逆に社会で何をしたらいいのだ、そして自分は何者なのだと根幹の部分で迷う人もいるだろう。いやむしろ、そんな人がほとんどだと思う。だから4月から目をキラキラさせて歩いている人を見ると、素直に「すげーな」という気持ちになる。

 キリストの弟子を見てみる。彼らも弟子になりたてのころは恐らく意気揚々としていただろう。「これから新しい人生が始まるぞ!」と。しかし、人間そんなにすぐ変わりはしない。弟子のペトロはリーダーシップを発揮しようとしていたが、イエスにその過信を指摘されてしまう。トマスはいつも「いや、こっちでいいのか」「あの人の言ってること正しいのか」と不安になり、立ち止まり、質問ばかりしていた。

 他の弟子たちも強力なリーダーシップを発揮する救い主を期待していたが、目の前にいるのはいつまでも貧しい人や社会で除け者にされた人としか交わらないイエスの姿。そこで彼らは薄々気づいていた。「俺たちの行く人生、こんなはずじゃなかったのでは」。だから彼らは十字架にイエスがかかった途端、逃げ出した。

 人には人生や自分自身への期待値が無意識のうちに存在している。それがあるから一歩踏み出そうとするし、逆にそれを失うと朝の目覚めすら苦痛になってくる。そして期待値と現実のギャップに気づくごとに、もはや生きていくわずかな瞬間ですら涙を流したくなるのだ。

 だが、キリストは弟子たちに問いかける。「お前の現実とはなんだ」「何を期待していきているのか」。十字架から復活したイエスは、散り散りになった弟子たちのもとへ足を運んだ。ある人は元の仕事に戻り、ある人はイエスを信じないと言い張っていた。しかし、イエスにとってそんな理由は何も関係がなかった。なぜなら、人の期待値や現実を超えた景色を神は今日も創造しようとしているからだ。

 キリストは、あいさつとして「平安があるように」と言っていた。しかし復活後、それは「おはよう」に変わった。「死」という人の限界を突破したイエスに超えられないものはない。またイエス出会う人も同様に、人生に何があっても今日、この神の子と出会うのであれば、これまでの過去がどのようなものであっても新しい日が始まるからだ。

 ボンヘッファーは今を生きる人々に、こう言い残した。

《毎朝わたしに目覚めを与えたもう》のは、主であって、
 その日を前にしてわたしが抱く不安でも、
 あらかじめしようとしている仕事の重荷でもない。

 憂鬱な春。起きるのにも精一杯な朝。その時、私たちは人生における不安や重荷に耐えようとしているのだ。それほどまでに責任感のあるあなたは素晴らしい。しかし、ただ一つのことを忘れないで。それは、あなたの目を開き「おはよう」と語りかける神は、そんな人生の現実をぶっ壊して、今日もあなたにしか描けない景色を共につくろうと期待しているということを。

出典:Dietrich Bonhoeffer“Lesebuch“(Guetersloher Verlagshaus, 2000)

 ふくしま・しんたろう 牧師を志す伝道師。大阪生まれ。研究テーマはボンヘッファーで、2020年に「D・ボンヘッファーによる『服従』思想について––その起点と神学をめぐって」で優秀卒業研究賞。またこれまで屋外学童や刑務所クリスマス礼拝などの運営に携わる。同志社大学神学部で学んだ弟とともに、教団・教派の垣根を超えたエキュメニカル運動と社会で生きづらさを覚える人たちへの支援について日夜議論している。将来の夢は学童期の子どもたちへの支援と、ドイツの教会での牧師。趣味はヴァイオリン演奏とアイドル(つばきファクトリー)の応援。

【Web連載】「14歳からのボンヘッファー 」(13) 拘置所に響く福音 福島慎太郎 2024年2月1日

UnsplashArno Smitが撮影した写真

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