【ハタから見たキリスト教】 芸能界の「闇」からエンタメを取り戻したい 松谷創一郎さんインタビュー 2024年7月4日

 BBCのドキュメンタリーを機に表面化した故ジャニー喜多川氏(2019年死去)による性加害問題と、その背景にある芸能界の構造的な「闇」。2004年、週刊文春との裁判で最高裁が喜多川氏による性的虐待の「真実性」を認定していたにもかかわらず、ついに加害者本人が存命中にその罪を問われることはなかった。旧ジャニーズ事務所「SMILE-UP.(スマイルアップ)」による補償は、4月15日時点で981人が申告。434人に補償内容を通知したうち377人が合意し、354人に支払いを終えたという。

 2016年、SMAPの解散騒動と〝公開処刑〟に違和感を抱いて以来、ジャニーズ事務所が長年にわたりメディアや他事務所に圧力をかけてきた事実を問題視してきた松谷創一郎さん。一方で、カウアン・オカモトさんに続き元ジャニーズJr.のメンバーらが声を上げるまで、性加害の実態を追究し切れなかったことを悔やみつつ、再発防止のための明確なルール策定の必要性を訴える。

ジャニーズ事務所は生まれ変われるのか

――事務所は早々に「網羅的な調査はしない」との方針を打ち出しましたが、被害者のプライバシーも現役タレントの地位も守りつつ、さらに踏み込んだ調査ができる余地はまだあったのではないでしょうか?

 あったと思います。「外部専門家による再発防止特別チーム」による実態調査は期間も短かったですし、結果の公表も『24時間テレビ』の2日後というタイミングでした。海外のケースを考えれば、あの程度で許されるはずがないので甘いとも言えますが、それでも事務所側はよく譲歩したと思います。まだ明かされていないことがすべてオープンにされてしまうと、NHKも含め芋づる式にテレビ各局の社長全員が辞職に追い込まれるほどのインパクトを持つ可能性もあります。

――落としどころはどのあたりになると考えていますか?

 2016年からこの問題を追ってきた身として、ゴールはやはり法整備だと思っています。いきなり全部は難しいとしても、最初は芸能プロダクションを登録・認可制にして、その第一歩があれば次も見えてきますし、小さくても一歩ずつ実績を積み重ねることしか今はできないのではないでしょうか。契約関係でしてはいけないことを周知するような、最低限の研修制度を設けるとか。資格を得て初めて芸能プロダクションを名乗れるような仕組みだけでも、かなり意味はあると思います。現状ではそれすらもありませんから。

 私が最終的に目指したいのは、音楽や映画やドラマという良質なコンテンツを、芸能界の悪習やしがらみからいかに取り戻していくかということです。

――ファンの一部が、告発した被害者らを誹謗中傷するという現象にも驚きました。

 生活の中にジャニーズのコンテンツが密接に溶け込んでいるような人たちが、今回の事態を受けてどうしたらいいか分からずに困惑したというのが実態だと思います。ジャニーズのファンはあくまで消費者で、タレントは消費する対象という印象です。現状の「推し活」は、優雅で耽たん美び なものを見て欲求を満たすという行為であって、そのタレントに人権があるか否か、労働環境や待遇がどうかということには関心がない。もちろん、事務所に改善を求めて署名活動を立ち上げたファンもいましたが、多くのファンはあいまいなまま、フェードアウトしていってほしいと願っています。むしろ新会社がうまく軌道に乗って、現役タレントの活動が維持できるという見込みがついたら、告発した被害者への誹謗中傷も相当減ると思います。

 一時期、大学で教えていた時にも感じたのですが、ジャニオタとK-POPファンの気質はまったく違います。ジャニオタが内向的でオタクっぽくて静かで従順な人が多いのに対し、K-POPファンは自分でもダンスを踊ったりするアクティブな人が多い印象です。海外に対しての視点を持てているという点でも非常に対照的。日本のエンターテインメントでは、基本的に社会性がまったく描かれませんし、描かれたとしても非常に記号的です。エンターテインメントにつかる人たち自身、ある種の社会性に乏しいというのが日本の傾向だと思います。

――新会社「STARTO ENTERTAINMENT(スタートエンターテイメント)」が4月から始動しましたが、どう見ていますか?

 4月以降、コンサートもライブも始めると発表されましたが、当初の説明では補償会社であるスマイル社とファンクラブの関係が切り離されることが前提のはずだったのに、その通りにはなっていません。日本の場合、芸能プロダクションは制作会社でもあり知的財産権を保有するわけで、新会社に移籍したタレントが過去曲を披露すれば、スマイル社にもお金が入ります。関係が切れたとは到底言えない。廃業を宣言したスマイル社は、補償以外のすべての事業を手放すのが筋で、私たちもそこはしっかり注視していくべきです。

キリスト教の家系に生まれて

――キリスト教との接点について教えてください。

 私自身、家族や親族にクリスチャンが多いキリスト教と関わりの深い家系だったので、自分とプロテスタントの関係についてはずっと考えてきました。聖書を持ってはいても別に熱心に読んだわけでもなかったのですが、なぜ他の人と違う方向を見てしまうのかという生きづらさを覚えていた記憶はあります。その要因に宗教観があると自覚的に気づいたのは20代になってからでしたが、ひと言で言うと心の中に神様がいるかどうかという違いなんですよ。逆に、そうではない人がどういう倫理観で、何を判断基準に生きているのか分からなかった。多くの日本人にとって、それは自分が仲間と見なす「世間」なのかもしれません。本来、世間の外にある風景も含めた全体が「社会」であって、そこでいかに生きていくのかが求められるし、それがいわゆる公共性なんですが、内なる神が存在しないので世間を見て判断するしかない。内的な正しさや倫理感を持たない人たちといかに生きていくのか、周りに流されない正しさをいかに伝えていくのか、中学生ぐらいから40年以上ずっと考えてきました。やっていることはおそらく一貫して変わっていないと思います。よく「ブレないですね」と言われるんですが、逆に言えば他の人たちはなぜブレるんだろうと不思議でした。

――それが現在の仕事にもつながっている。

 いかに多くの人々に伝えられるかという意味では、それこそメディアの役割だと思うんですよ。ジャニーズの問題で言えばジャニーズファンに対してではなく、ファンではないけれどもエンターテインメントや芸能界に興味がある人たちに発信することで、問題を広く捉えてもらう。そのためには時に割り切りや戦略も必要です。

 日本の市民運動に足りないのは、たとえ言っていることが正しくても、正しいことが正しく伝わるわけではないという自覚です。野党もそうですが、みんな真面目でちゃんとしているんだけれども、丁寧な伝え方やタイミングという点で下手だなと思うことは多いですね。

――教会もまったく同じ課題を抱えていると思います。

 これほど情報があふれた時代に、真剣に何かを信じ続けることはものすごく難しい。私は洗礼を向けていませんが、完全に体から拭い去ることもできないので、100%何も信じない無神論者というわけでもなく、うまく付き合えるはずだと思うんですよ。自分の一つの行動の指標として、聖書に書いてある一説があってもいい。私の葬儀はキリスト教式で教会で行うことになると思うので、そういう付き合い方がいいなと思います。理想とする宗教的な立ち位置ではないかもしれませんが、少なくとも何も考えず神社に行くよりはいいんじゃないかとは思うんです。

 聖書はおそらく、人類史上最も危ない書物でもある。同時に最も人を救ってきた書物でもあることは間違いない。韓国のドラマや映画で、キリスト教を含む宗教をモチーフにした作品がたくさんあります。子どもを殺された母親を描いた『シークレット・サンシャイン』とか、最近だと『地獄が呼んでいる』というネットフリックスで配信された作品とか。救いのないドラマの中に、信じることの意味や価値など、宗教的な問いが投げかけられていて、信者ではなくても十分に見る価値があります。

 国内でも、話題になった漫画の『チ。―地球の運動について―』などもそうですね。宗教を信じなければならない世界の中で、自分のインテリジェンスや学問から得たものを否定するという葛藤が描かれている。作者の魚豊さんはまだ20代中盤で、陰謀論をテーマにした最新作の『ようこそ!FACTへ』も実に見事。いろいろなことを気づかせてくれます。そういう萌芽を見ると、日本のエンターテインメントの豊かさも希望も感じます。

倫理観と未来観を取り戻す

――エンターテインメントの担うべき役割があるとすれば?

 実は娯楽産業として還元できる以上の効能があると思っていて、それは数値化しにくいものなんです。ソフトパワーという経済効果として算出される場合もあるけれども、人生のヒントとなるような気づきを与えてくれるもの、自身の生き方を考えさせられてしまうという機会は、たくさん得られるわけです。欧米のアカデミー賞などを見ていると、映画や音楽に対して、たかがエンタメと見下していません。そういう感覚も是正していきたいですね。

 今の日本社会に漂っている感覚は、未来志向ではないと思うんです。これから5年後、10年後、自分はどうありたいのか、社会はどうあったらいいのかというビジョンがない。逆に言えば、現状で満足しているから変える必要性を感じないという面もあるかもしれません。この国の仕組みは確かに出来がいい。でも、今のままでいいとはまったく思いませんし、とりわけ芸能界においては倫理観と同時に、未来観を取り戻したいと切に願っています。

(全文は別冊「Ministry」に収録)

まつたに・そういちろう
 1974年広島県生まれ。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。文化やメディアについて幅広く執筆。専門は文化社会学、社会情報学。著書に『ギャルと不思議ちゃん論 女の子たちの三十年戦争』、『SMAPはなぜ解散したのか』、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』、『文化社会学の視座』、『どこか〈問題化〉される若者たち』など。

【新刊】 別冊Ministry 2024年6月号 特集「教会が教会であるために声にならない声に訊け」

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