【地方からの挑戦~コレカラの信徒への手紙】 「主をほめたたえる」挑戦 近藤真史 2025年6月21日

そもそも、なぜ私たちは伝道をするのでしょうか。もちろん、マタイ福音書28章18~20節、第二テモテ4章2節などのみ言葉で、それが命じられているからです。もちろん、私たちの愛する人々や、直接は知らない方々と共に永遠の神の国に入りたいからです。ですが、もっと神中心に伝道を考えるなら、その動機は「この世界で神のご栄光をほめたたえる量が足りていないから」となるでしょう。
造られたものすべてに賛美を命じる詩篇148篇や、ご自分の栄光を愛されるイザヤ書42章8節などを読む限り、神のご栄光以上に重要なものはないと言えるでしょう。エペソ書1章3~6節からは私たちの救いの目的も神のご栄光にあると読み取れます。
そして、主イエスを信じる者が1人起こされるということは、この世界で主のご栄光をほめたたえる口が一つ増えるということです。それだけ主のみ名があがめられるようになるのです!!
このような視点をもっておゆみ野教会が取り組んでいる一つのことが「おゆみ野ゴスペルクワイア(以下、おゆゴス)」です。三つのチャペルで月2回ずつ、合わせて月6回の活動に参加/指導を受けられて年1.5万円。各種コンサートなどでステージにも立てます。このような活動に、およそ30〜40人ほどのメンバーが与えられ、その4分の3ほどは未信者の方々です。ですが、歌っている歌詞はすべて、神の愛と恵みをほめたたえ、また受け取り、困難の中でも主への信頼を表すいわゆる〝賛美〟です。「未信者に賛美ができるのか?」という疑問もあるでしょうか。しかし、明確に信仰を表明してはいない方の賛美の歌声を、主は大喜びで聴いてくださると信じています。はじめ音楽の持つパワフルさ、ハーモニーを奏でる美しさなどからおゆゴスに加わられた方々が、主の愛を求めるようになり、また確かに受け取っている様子を見させられているからです。
洗礼をお受けになる方は多くはありません。家族と過ごす大事な日曜日の2時間を礼拝にあてることは簡単ではありません。なかなか礼拝には来られなくとも、月2回でも3回でもおゆゴスに集い、賛美を歌い、メッセージに心打たれ(ておられれば幸いですが少なくとも聞き)、祈る。互いの存在を喜び合い、食事をともにし、自主的に聖書を読む会も始まったりする。おゆゴスは確かに福音に根差したコミュニティ。それは、大きな神の国の、この世における小さな実現の一つでしょう。
昨年のクリスマスコンサートでのメッセージ原稿を「出演者はコンサートでは、なかなか聞けないだろう」と思い、LINEグループに投稿しました。すると、コンサート当日に「すごく良かった! これなら絶対イエス様がお客さんにも伝わる!!」と喜んでくださる未信者のメンバーがおられたのです。私としては正直、その方々に伝えようと思っていたのですが、彼女たちはその福音を当日のお客さんにも伝えたいと願っていたのです!
牧師という立場にあって洗礼にこだわりたくなるこの思いが、偶像とならないように願っています。受洗されることは幸いなことです。しかし、主なる神さまがその方を導こうとしておられるペースを乱すことのないようにとも願っています。その方と永遠の神の国で再会するための条件は信仰であって、洗礼ではないはずなのです。
こんどう・まさし 1985年東京生まれ。クリスチャン家庭で育つも中学から教会生活をやめ、18歳でイエス様に戻る。Worship!JAPAN(旧ゴスペル音楽院)卒業。東京基督教大学修士課程終了。在学中に、千葉県千葉市にあるおゆみ野キリスト教会(日本長老教会)のメンバーとなり、夫婦関係の修復を得る。2021年より同教会牧師。趣味はベース演奏とポッドキャスト、サ活。