【この世界の片隅から】 台湾のリコール大失敗 神は民主主義を護るのか? 藤野陽平 2025年9月21日

7月から8月に台湾で野党の国会議員と市長に対する大規模なリコール選挙が行われた。7月26日に24人が、8月23日に7人が対象となったが、全員否決された。また8月23日には野党側が提出した原発再稼働を求める住民投票も行われ、有効票数に届かず、否決された。2024年5月の発足当時から少数国会での運営が強いられている頼清徳民進党政権は、今後ますます厳しい舵取りが迫られるとみられている。私は政治を専門としていないので読み間違えているかもしれないが、ここまでの大失敗になるとは予想されていなかったように思う。それゆえに前日の双方の応援には熱が入っていた。
投票前には連日、賛成派・反対派が分かれて支援を訴えるイベントが行われた。投票前日の25日、台北駅近く済南路で行われたリコール賛成派の前夜祭には政治家だけではなく、ミュージシャン、詩人、YouTuber、活動してきた青年たちなどがステージに上がり、最後の支持を訴えた。大雨の中、台湾基督長老教会の黄春生牧師も登壇し会場を大いに盛り上げた。黄牧師が牧会する済南教会は国会に隣り合わせの場所にあり、ひまわり学生運動や香港の支援などリベラルな政治活動に積極的に参与する教会と知られ、黄牧師も台湾の人権運動の中心人物の一人だ。
今回、リコール活動で興味を引かれたのは、賛成派が宗教的なモチーフを多用したことだ。会場では「大罷免大成宮」と書かれた帽子と旗などのグッズが無料で配られる。これは「大罷免大成功」(大規模リコール大成功)の「功」と「宮」の発音が同じということにかけた言葉遊びだ。台湾では選挙やお祭りの時にそろいの帽子が配られ参加者がかぶる。お祭りの帽子にはデカデカと神様や廟の名前が記される。つまり「大罷免大成宮」はリコール大成功と音が同じで、「大成宮」という廟のお祭りのような雰囲気を醸し出しているというわけだ。何万人もの人が同じ帽子を被って全員で「大罷免! 大成功!」とシュプレヒコールを上げる姿にはかなりの熱量を感じられた。

大雨の中、傘をさし、レインコートを着て前夜祭に参加する支援者たち
その他にも董事長楽団(The Chairman)というロックバンドが2010年に発表した「眾神護台灣」(すべての神様、台湾を護ってください)という曲がリメイクされ、テーマ曲として使われたが、曲中には仏祖、媽祖、天公、関公、土地公といった台湾で人気のある神々の名前が列挙される。民間信仰以外にもキリスト教も使われる。前夜祭で配布されたうちわには媽祖と土地公に挟まれイエスの姿もみられたし、「聖父、聖子、聖神之名」と書かれた道教式のお札も作られ話題になった。
宗教研究者として、こうした現象に強い興味を覚えるが、一時は高く評価された台湾の民主主義が、今や、どんな神様でも構わないからと神だのみをしなくてはいけない状況に陥っているのは残念だ。排外主義が世界中に広がる中、私も「神様、仏様、媽祖様、田中将軍、飛虎将軍、イエス様、民主主義を護ってください」と祈りたい気持ちになるが、台湾も同じ状況なのかもしれない。

前夜祭で配られた帽子とうちわ。うちわにはイエスも描かれる
藤野陽平
ふじの・ようへい 1978年東京生まれ。博士(社会学)。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所研究機関研究員等を経て、現在、北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院教授。著書に『台湾における民衆キリスト教の人類学――社会的文脈と癒しの実践』(風響社)。専門は宗教人類学。