【宗教リテラシー向上委員会】 紛争と宗教へのまなざし 犬塚悠太 2025年10月21日

 2023年10月7日以降、専門とするイスラエルの宗教右派グループ、宗教シオニズムについて話す機会をいただくことが多い。国内メディアでもガザの悲惨な状況が取り上げられており、混迷する中東情勢やイスラエルの行動原理の理解へ向けて人々の関心が高まっていることを示すものであると言えるだろう。

 とはいえ、ユダヤ教が現状にどう関わっているのかと問われれば、それは二次的、すなわち紛争・戦争の根本的要因ではないが、それを複雑化させるファクターとなっているというのが正確だ。イスラエルとパレスチナの問題は宗教紛争や宗教対立というよりも、領土をめぐる民族間の争いであり、そこに宗教が関与することで事態が複雑化している。

 現在のイスラエル社会の動向を理解する際に、宗教勢力を無視することは不可能である。というのもイスラエルでは複数政党が連立を組み、政権を取ることが一般的となっているからだ。2022年の選挙後には世俗保守政党のリクードと超正統派政党、さらに宗教シオニズムの名のもとに集った極右政党が連立を組み、歴史上最も右派的な政権が成立した。宗教シオニストは領土の拡張や回復を希求し、ハマスとの停戦に反対してきたほか、ヨルダン川西岸の入植地拡大を押し進めている。超正統派も徴兵免除などを守ることを目標とし、政権に圧力をかけるべく連立を離脱するといった政治活動を行っている。

 複数の政党が連立することを通して議会の多数派を形成する以上、宗教グループへの配慮が必要になるのは当然であり、ユダヤ教徒がイスラエルに与える政治的影響は大きい。結果として、宗教と今回の紛争との結びつきが非常に強く感じられたし、実際に停戦に反対する宗教的な政治家の過激な言動を見聞きすることも多かったわけである。

 しかし、イスラエルの強硬姿勢を見て、反射的に何か宗教的な本質があるのではないかと考えるのではなく、少し止まって考察する態度も必要である。イスラエルとパレスチナの紛争がユダヤ教とイスラームという宗教間の対立に見えるのはなぜか。あるいは、そうした対立に還元・解消される理由はなぜなのか。ユダヤ教やイスラームが一神教であるという知識を持っていたとしても、だから中東での対立は解決できないと結論づけるのであれば問題だろう。宗教が関わる複雑な問題系に直面した時に、「宗教が原因である」と安易に納得せず、正確な知識に基づいて「どのような意味で宗教は関わっているのか」を批判的に考えようとする態度。これこそが、今日必要とされる宗教リテラシーの最も重要な部分の一つではないだろうか。

 戦争・紛争のような局面の理解に限らず、宗教リテラシーは現代社会において必須のものとなりつつある。それはさまざまな国から観光客や労働者が来日する中で、特定の宗教の信者と行動を共にするにあたりどういった配慮をする必要があるのか、例えば何がハラールであって食事の際には何を出してはいけないのか、これらは実際の場面で役に立つ大切な知識ではあるが、宗教リテラシーはそのような知識を身に付けること以上の意味を持っていると私は考えている。

 というのも、ファクトに基づかず特定の集団を悪として描写し、それがソーシャルメディアで「バズる」ような時代にあって、そうした投稿の問題に気がつくためには、正しい情報を得るだけでなく批判的に考える習慣を身につけることが非常に重要だからだ。宗教について正しい知識を身につけ、それを基に世界の複雑な問題を多角的に見ることは、こうした態度の涵養に大いに寄与するだろう。ユダヤ教に注目が集まる昨今、自らの研究活動の中で、宗教リテラシーの意義を示せればと考えている。

犬塚悠太(宗教情報リサーチセンター研究員)
 いぬづか・ゆうた 1994年神奈川県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程在籍中。論文に「「10月7日」以降のユダヤ教徒―宗教指導者・政治家の動きを中心に―」『現代宗教2025』(国際宗教研究所)など。

UnsplashMisha Yurovが撮影した写真

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