【映画短評】 答えが分からないまま日々は過ぎていく 『CROSSING 心の交差点』 2026年1月8日

失踪した姪を探すため、叔母のリアはジョージアからトルコのイスタンブールへ。しかし手掛かりはない。現地のトランスのコミュニティでも見つからない。当初は姪を連れ戻すと当然のように考えていたリアだが、トランス女性である姪が置かれた過酷な状況を知るにつけ、それが正しいことか分からなくなっていく。
ジョージアでは2024年に反LGBT法案が可決された。姪がその迫害を避けて一人、イスタンブールに逃れたのは想像に難くない。しかしイスタンブールも安息の地ではなかった。むしろトランス女性だけでなく、貧困等様々な事情で家族と離れ離れになった人々、子どもたちが小さなコミュニティに身を寄せ合ってなんとか生きているのが実情だ。その助け合いのコミュニティはあたたかく、頼もしく見える。一方で、そのような脆弱な状況を作り出し、放置している社会構造に暗澹たる思いを抱く。
リアの姪探しは遅々として進まない。彼女と同様、見ているこちらも諦めたくなる。だからこそ最後の展開に驚くのだが、そこで気づくのは、伏線回収やどんでん返しといったハリウッド映画の文法を、自分がいかに当然視していたかだ。現実の人生には必ずしも分かりやすい起承転結はないし、伏線が綺麗に回収されるわけでもない。劇的な瞬間に効果音が流れることもない。上手くいかないまま、答えが分からないまま日々は過ぎていく。そんな当然のことに改めて気づかされる、静かな映画だ。
(ライター 河島文成)
『CROSSING 心の交差点』
2026年1月9日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、アップリンク吉祥寺ほか全国公開。
配給:ミモザフィルムズ
© 2023 French Quarter Film AB, Adomeit Film ApS, Easy Riders Films, RMV Film AB, Sveriges Television AB
















