【この世界の片隅から】 帝国ホテルから聴こえる呂運亨の叫び 洪 伊杓 2026年1月21日

「乙巳年」である2025年が終わり、「丙午年」の2026年が始まった。韓国では「乙巳年」という言葉にはトラウマがある。日露戦争に勝利した日本帝国は圧倒的な軍事力で大韓帝国を威嚇し、1905年11月17日に「第二次日韓協約」、いわゆる「乙巳勒約」を締結させたからだ。この強制的に締結された条約によって大韓帝国は外交権を奪われ、世界中の公使館が閉鎖された。同年、円滑な日露戦争遂行のため、1月28日の閣議決定後の2月22日、島根県告示40号によって独島(日本名=竹島)が日本の領土に編入された。韓国と日本の海の片隅に置かれているこの岩島は、現在まで両国の葛藤と対立のシンボルとして苦しんでいる。日本では列島の中の小さい島の一つかもしれないが、韓国では本格的な植民地化の信号弾であり、40年間の侵略統治のシンボルになった。
「乙巳年」(2025年)の末にさしかかった12月9日、国会で開かれた衆議院予算委員会で、「韓国による不法占拠」について述べた高見康裕議員(自民党)の質疑に対して、高市早苗首相は「竹島は歴史的事実に照らしても国際法上も明らかにわが国固有の領土という基本的立場に基づき毅然と対応していくことに変わりはない。国内外にわが国の立場についての正確な理解が浸透するよう内外発信に努めていきたい」と答え、韓国社会では再び「日本の総理による妄言があった」と、反発する声が高まった。台湾有事発言をめぐり、日中関係も悪くなる中、120年の時を経て「乙巳年」(1905年、2025年)は不幸な歴史を繰り返している。
「乙巳勒約」締結120年を迎えた昨年の11月27日、知人に愛知県の名所「明治村」を案内した。村内にある東京から移築された帝国ホテルにたどり着いた際に思い出したのは、1919年三一独立運動後である11月26日に独立運動家の呂運亨が渡日し上海の大韓民国臨時政府の樹立と韓国独立の正当性を訴えた場所がまさに帝国ホテルであったことだ。

明治村の帝国ホテルの前で(乙巳年である2025年11月27日午後)
訪問した当日は、呂が実際に渡日した翌日(11月27日)でもあり、私たちが明治村の帝国ホテルに入った時間はちょうど韓国の「夢陽呂運亨記念館」で第18回夢陽学術シンポジウム「夢陽呂運亨の民族運動とキリスト教」が開催されている時間と重なった。彼は独立運動家として、1945年の解放後、全国的に「建国準備委員会」を結成し、委員長として、機能を失った朝鮮総督府の代わりに治安を管理し、社会混乱を治めた。当時の世論調査では初代大統領の候補として人気1位だった。しかし、左右合作による統一政府を目指した彼は、1947年7月19日に右翼勢力によって暗殺され、新国家建設の夢を叶えることができなかった。実は彼は牧師になろうと平壌神学校(現・長老会神学大学)に入学し、学んだキリスト者だった。YMCAを基盤として近代化運動を導き、中国の金陵大学に留学した1917年ごろには南京韓人教会の創立を主導し、翌年には上海韓人教会の伝道師として働いた。1919年三一独立運動の影響を受けて上海大韓民国臨時政府が樹立する時に、上海韓人教会はその核心的な土台になった。その歴史の中心にキリスト者、呂運亨がいた。彼の記念館で初めて「キリスト者としての呂運亨」について再評価する学術大会が開かれたが、ちょうどその瞬間に、私は彼が日本社会に向けて演説した場所に立っていたのだ。

日本の敗戦翌日である1945年8月16日、ソウルのYMCA会館で「建国準備委員会」結成の必要性について演説する呂運亨
日本帝国の心臓部・東京まで来て、自らの信念を訴えるのは命をかけた行為だった。しかしキリスト者、呂運亨は大胆にも東京の帝国ホテルで朝鮮の独立は「神の許し給うところ」「神のみ心」であると次のように力説した。「乙巳年」を送り、東北アジアに不幸な歴史の暗雲が広まっている今こそ、呂運亨の叫び声を日本のキリスト者たちと改めて分かち合いたい。
「朝鮮人が民族的自覚をもって自由、平等を要求するのは神の許し給うところで、日本が妨害する権利がなぜあるのか。いまや世界では弱小民族、婦人、労働者の解放などが絶叫され、朝鮮だけでなく日本をも含めた世界的運動となっている。平和と幸福を人間に与え、新世界に改造するのは神の意志である。日本は自己の防衛のため、朝鮮併合は必要だというが、現在のわが国での紊乱はその理由の否定であり、朝鮮の独立こそが東洋の真の団結をもたらし、それこそが真に日本の利益となり、中国との親誼関係を緊密にすることは確実である。われわれが建設する国は人民を主人とし、人民が治める民主共和国で、朝鮮民族の絶対の要求であり、世界の大勢の要求でもある。朝鮮独立こそが、日本と協調併進して東洋平和を確実にし、世界平和を維持する第一の基礎である。」(西原基一郎「日本組合教会海外伝道の光と影(1) 組合教会朝鮮伝道部と呂運亨事件」、『基督教研究』第50号(2)、1989年3月、186頁から再引用)

2025年11月27日の午後、韓国の「夢陽(モンヤン)呂運亨(ヨ・ウニョン)記念館」で開かれた「第18回夢陽学術シンポジウム:夢陽呂運亨の民族運動とキリスト教」のポスター

ほん・いぴょ 1976年韓国江原道生まれ。延世大学大学院修了(神学博士)、京都大学大学院修了(文学博士)。基督教大韓監理会(KMC)牧師。2009年宣教師として渡日し、日本基督教団丹後宮津教会主任牧師などを経て、山梨英和大学の宗教主任を務めた。専門は日韓キリスト教史。
















