【宗教リテラシー向上委員会】 乖離する修行と寺院の現状――僧侶の素養・資質とは 東島宗孝 2026年2月1日

 修行と寺院運営の乖離の問題はしばしば取りざたされる。宗門校や各宗教・宗派の道場などでなされる教育や修行はいわば宗門が理想とする僧侶を鍛える過程といえる。しかし、上記の過程を経た僧侶たちは宗派の理念を体現していればよいわけではなく、宗教施設の運営や維持、ローカルな社会関係に関わらねばならない。こういった修行とその後の僧侶としてのあり方のギャップは、過疎化や高齢化による檀家減少により苦境に立つ仏教教団にとって重要な課題となっている。筆者の調査する臨済宗もその問題に直面している。

 臨済宗の修行観について説明しておこう。臨済宗では僧侶育成機関である専門道場(僧堂)への数年間の参籠が修行実践として求められる。修行中は僧堂の規範に基づいて朝晩の坐禅や托鉢、禅問答(参禅)、畑仕事や掃除などの労働を通じた修行(作務)などの実践が行われる。禅宗は世俗から離れて修行を行う出家主義的な性格が強いといわれる。そのため修行歴・年数が僧侶としての評価基準になりがちで、修行年数が多いほど評価される傾向がある。上記の僧堂での修行は僧侶としての素養を養うものであると同時に禅宗教団の矜持や伝統意識に関わっているといえる。

 一方で上述の通り、僧堂で学び体得した内容は、必ずしも現場の寺院運営に直結しているわけではない。僧堂内でも会計や事務、檀家対応や宗政への協力など寺院運営に関わる業務は行われる。しかし、修行を目的とした僧堂とその後活動する檀家対応を主軸とした寺院では地域社会の中での寺院経営、葬祭中心の法務、布教の必要性など運営の内実や直面する問題が変わってくる。

 上記の課題を浮き彫りにしたのが、禅宗の臨済宗・黄檗宗内全15派における初めての調査(2023年)の結果をまとめた報告書「臨済宗黄檗宗宗勢調査報告書」(臨済宗黄檗宗連合各派合議所、2025年)である。報告書では僧堂制度のあり方や修行を経た僧侶の資質についての意見が見られた。興味深いのは自由回答での修行の内容や修行年数の価値付けについての疑問の表出である。前者については現代社会への適応、僧堂教育の質の低下、住職の仕事や経営との隔たりなどの批判的な意見があった。また後者については「住職の資質=修行歴」ではないという意見が多くみられた。

 また、長期間の修行について兼職寺院の実態との不適合性も指摘された。「住職資格と修行歴」についての回答からは3~5年の修行年数を理想とする認識がある一方で、檀信徒数や立地、兼職の必要性から短い年数を選ぶ寺院の存在が明らかになった。長期間の修行は寺院内の収入源の減少だけでなく、職歴の空白期間となり就活に影響する。そのため兼職寺院にとってはデメリットが大きい。

 こうした修行と現場寺院のギャップはいかに対処しうるだろうか。報告書内では提言として僧侶資格取得方法の検討、講座や研修制度の拡充や僧堂で取得が難しい法式や運営の講習によって後継者の育成と僧侶の資質向上を求めるとしている。

 素養・資質という言葉は臨済宗に限らず、現代の宗教者にとっては一義的なものではなくなっている。宗教的な専門知や修行経験があること、布教の巧みさ、宗教法人の運営・経営などさまざまな能力が宗教者には求められる。各自の置かれた状況でこれらのバランスを取り、統合していくことが肝要といえるだろう。

東島宗孝(宗教情報リサーチセンター研究員)
 ひがしじま・しゅうこう 1993年神奈川県生まれ。東洋英和女学院大学大学院死生学研究所。論文に「「伝統」としての禅の解釈と軋轢――臨済宗円覚寺における泊りがけの坐禅会の事例から」(『人間と社会の探求』)がある。

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