AIロマンスは倒錯か チャットボットとの関係が問いかける人間性 2026年2月4日

『テクノロジーを贖う 健全なデジタル習慣へのキリスト教的アプローチ』の著者、A・トレバー・サットン氏(聖ルカ・ルーテル教会牧師、米コンコルディア大学非常勤講師)が、「クリスチャニティ・トゥデイ」に寄稿した。今年、『かけがえのないもの 人間性、天職、そしてテクノロジーの限界』をベイカー・ブックスから刊行予定。
生成AIの普及に伴い、非生物への恋愛・性的魅力を指す「オブジェクトフィリア(対物性愛)」が、かつてない形で一般化しつつある。1979年にベルリンの壁と結婚した女性の例は象徴的だが、現在ではチャットボットとの恋愛関係が米国の若者や成人の間でも広まっているとされる。米調査では高校生の約5人に1人、成人の約28%がAIシステムとの親密な関わりを持ったことを明かしている。
オープンAIのサム・アルトマンCEOは、人間とボットの関係について「健全な形も不健全な形もあり、成人ユーザーは自分の選択幅を持つべきだ」と述べ、社会が時間をかけてその境界を見出すべきだとの立場を示す。しかし、牧師でありテクノロジー研究者である筆者は、「出してから考える」という態度に強い疑問を投げかける。薬などと異なり、長期的・深刻な影響が予期される人間とAIの親密な関係は、発売前に慎重な検討が必要であると強調する。
筆者は、哲学者マルティン・ブーバーの「我と汝」の関係論を引用し、他者を「人格」としてではなく「対象」として扱うことの危険性を指摘する。チャットボットは、ユーザーの欲望に合わせて肯定を繰り返し、擬似的な関係を提供することで、他者を物として扱う感覚を強める。こうした関係は、相互の献身や共感といった人間関係の基盤を弱める可能性がある。
また、AI生成コンテンツやチャットボットとの恋愛関係は、人間同士の関係に必要な技能や練習を萎縮させる。哲学者アルバート・ボルグマンは、装置(デバイス)は努力や関与を要求せず、単純な消費を提供すると述べる。これに対して、人との会話や交際、結婚は、コミュニケーションや共感、忍耐といった能力を必要とする。こうした意味で、AIへの依存は人間関係のあり方を変えてしまう危険をはらむ。
さらに筆者は、人格と関係性の本質について神学的な洞察を紹介する。初代教会の神学者たちは、三位一体の関係性を通して人格の概念を形成し、人間も「関係性の中でこそ存在する」と論じてきた。孤立や関係の欠如は、人間性そのものを損ない、神からの疎外につながる。詩編115編が偶像崇拝による疎外を警告するように、物への愛が人間性を矮小化させる危険は、信仰的にも重く受け止められるべきである。
AI技術の進展は社会に恩恵をもたらす一方で、それが人間の愛、関係、人格理解にどのような影響を与えるかを深く考える必要がある。キリスト教徒は、生成AIとの関わりが人間関係や結婚、心と魂に与える影響を熟慮し、倫理的・神学的な視座から社会に対して警鐘を発する責任がある。
(翻訳協力=中山信之)
















