【宗教リテラシー向上委員会】 教会と「宗教2世」問題(3) 川島堅二 2026年2月21日

現在広く流布している「宗教2世」の定義は「特定の信仰・信念をもつ親・家族とその宗教集団への帰属のもとでその教えの影響を受けて育った子供世代」である(塚田穂高・鈴木エイト・藤倉喜郎編著『だから知ってほしい「宗教2世」問題』筑摩書房)。この定義は「新宗教」「カルト」「問題」といった評価軸を含まないニュートラル性を特徴としていた。伝統宗教と新宗教、さらにはカルトとの線引きが学問的に不可能である以上、最も包括的な「宗教」という語で「2世」問題を考えていくというのは理解できる。
しかし、長年カルト対策に関わってきた立場からは、このような捉え方では「問題」が見えなくなってしまうのではという懸念を覚える。
この関連で思い出されるのは、30年以上前になるが、オウム真理教(当時)が社会問題となり始めたころの宗教学者たちの言説である。1989年8月にオウム真理教が東京都によって宗教法人に認証されるが、当初から入信(特に出家)に反対する親たちとの間で軋轢が起こっていた。またこの時点ですでに修行中に死亡した信者の遺体を違法遺棄したり、脱会希望の信者をリンチ殺害したりするなど犯罪行為が行われていた。さらに、この年の11月にはオウム真理教被害者対策弁護団の坂本弁護士一家が拉致殺害されている。
しかしながら、1995年3月の地下鉄サリン事件以前に、こうしたオウム真理教の犯罪性に気づいて警鐘を鳴らす宗教学者は皆無だった。むしろ、オウム真理教は時代に先駆けて時代の課題を鮮明にしている宗教として評価する言説が目立った。例えば島薗進はオウム真理教を「新新宗教」の一つとして位置づけ、その特徴として、入信動機が従来の「貧病争」から「空しさ」に代わっていることを教団刊行物に掲載された体験談によって指摘し、こうした宗教が多くの信者を獲得している社会的背景に目を向けるべきと述べている(『新新宗教と宗教ブーム』岩波ブックレット1992年)。
また山折哲雄は1992年、麻原彰晃と対談し、オウム真理教への入信は「現代日本の家族関係、家族のあり方が根本的に問われていること」であるとし、「宗教の興る一種の必然性を感じる」と述べている(『別冊太陽』77)。さらに地下鉄サリン事件直前に宗教学者としてオウム側から許可を得てサリン製造所と疑われたオウムの施設(第7サティアン)を見学した島田裕巳は「(ここが)サリンを製造するための秘密工場であるかのような憶測もされているようだが、宗教施設であることは間違いなかった」と述べる(『宝島30』1995年3月)。

これらの判断は、当時の宗教学の知見としてオウム真理教の一側面をとらえていたのかもしれない。しかし、こうした宗教学者の言説が、いわば煙幕となってオウム真理教の真の問題性を見えなくしてしまっていたということは忘れてはならないだろう。
同じことが、今日の「宗教2世」問題でも起こっていないか。宗教学者がこれを「宗教」の「2世」問題として広くとらえることによって、本当に対策や救済を必要としているカルト宗教の「2世」の問題を見えなくしてしまってはいないか。伝統教団の「2世」信者と、旧オウム真理教や旧統一教会など犯罪性が明らかになっている団体(カルト)の「2世」信者とでは、やはり経験した人権侵害の深刻度において顕著な相違がある。それは今日、公刊されている麻原彰晃の子女や旧統一教会の「2世」の手記、あるいは現在裁判が進行中の山上徹也被告の生い立ちを見れば明らかである。「宗教」と「カルト」の定義上の線引きが困難としても、少なくとも作業仮説的な区別は「2世」問題においても必要ではないかと考える。

川島堅二(東北学院大学教授)
かわしま・けんじ 1958年東京生まれ。東京神学大学、東京大学大学院、ドイツ・キール大学で神学、宗教学を学ぶ。博士(文学)、日本基督教団正教師。10年間の牧会生活を経て、恵泉女学園大学教授・学長・法人理事、農村伝道神学校教師などを歴任。














