【「親なきあと」をともに生きる~お寺と教会の〈語らい〉から始まる支援】 お寺を開けば頼りにされた――宗教施設の強み 末髙隆玄 2026年3月1日

 始まりは、災害時に医療的ケア児を寺院で受け入れる取り組みがあると知ったことでした。一時的な場所の提供であれば自分にもできるだろうと思い、軽い気持ちで説明会に参加しました。しかしそこで知ったのは、専門用語や制度の理解がなければ対応が難しいという現実、そして困り事を抱えた当事者と家族がこれほど多くおられるという事実でした。

 社会福祉に関わる必要性を感じ、浄土宗が行う「介護者カフェ立ち上げ講座」や、文化時報社の「福祉仏教入門講座」を受講しました。しかし、当事者への適切な対応方法など、学べば学ぶほど不安は増すばかりでした。自分はどこまで対応し、どこから専門職に託すべきなのか、その線引きが見えず、活動に踏み出すことに躊躇していたのを覚えています。

 不安なままでは「親あるあいだの語らいカフェ」など開くことはできない——。そう思っていた時、講座で聞いた〝弱い紐帯の強さ〟という言葉、そして偶然耳にしたナオト・インティライミさんの歌「Good morning」の歌詞にあった「かなり高く見える 壁だって目の前に行ってみる っとそれは、自動ドアーかもしれない」が心に残りました。始めてみれば「案外何とかなるのではないか」「分からなければ誰かに頼ればよい」という、前に進むための楽観がふっと湧き、肩の力がすっと抜けていきました。深い関係でなくても、緩やかなつながりが誰かを支える——その視点が、専門知識の乏しい宗教者である自分にも役割があるのだと示してくれました。

 こうして、「親あるあいだの語らいカフェ」と「介護者カフェ」を同時に始めることにしました。8月を除く偶数月の第1水曜、午後2時から4時までという小さな取り組みです。地元の社会福祉協議会や地域包括支援センターに協力を仰ぎましたが、「誰も来なければどうしよう」という不安もありました。「誰も来ない」ということは、それだけ困っている方がいないという意味でもあり、本来は喜ぶべきことでもあります。

 ところが実際には、当事者やご家族だけでなく、福祉職や地域活動者などの専門職の方々も足を運んでくださいました。自然につながりが生まれ、多職種連携のような関係が少しずつ育っていきました。催しにも、それぞれが持つ特技を生かして力を貸してくださり、小さな場を支えていただいています。

1回目の「親あるあいだの語らいカフェ」と「介護者カフェ」。約20人が集まった=2023年12月、大阪市天王寺区の銀山寺

 参加者は地域の方に限らず、むしろ遠方の方が多く、抱える事情はさまざまです。それでも共通しているのは、「ここなら話せる」と感じてくださることです。緊張を抱えながら話される方も、帰り際には表情が少し和らぎ、「また来ます」と言ってくださると、「今日も開いてよかった」と心から思えます。

 話すことで心の重さが少しでも軽くなる場を提供し続けたい――。その願いは、活動の核として変わることはありません。

 こうした場がいずれ不要になる社会を願いつつも、不安がすぐに消えるわけではありません。だからこそ、「独りで抱えなくてもいい」と安心できる場所を、小さくても続けていく意味があるのだと感じています。

 宗教施設には、人が弱音をこぼせる力があります。語らいの場が、それぞれの祈りの場から静かに広がっていくなら、多くの方の心の居場所となるでしょう。ゆるやかにつながり支え合う社会が少しずつ形になることを願いながら、これからも歩みを続けていきたいと思います。

 すえたか・りゅうげん 1994年浄土宗僧侶、2017年より銀山寺住職。23年に「親あるあいだの語らいカフェ」を開始し、地域見守り活動など地域福祉に取り組む。

*問い合わせは同相談室(https://otera-oyanaki.com/)まで。

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