75年の祈りが紡いだ「奇跡の島」に幕 経済合理性の前に失われる「共生の場」 2026年3月25日

瀬戸内海に浮かぶ小さな無人島、余島。ここで75年間にわたり青少年の育成と「共生の場」を築いてきた神戸YMCAの余島キャンプ場が、2026年3月末をもってその歴史に幕を下ろす。島の所有者が変わり、企業によるリゾート開発が進められるため、立ち退きを余儀なくされたもの。
余島キャンプは、二度と戦争を繰り返さないという平和への強い決意のもと、戦後間もない1950年に開設された。1953年には全国に先駆けて肢体不自由児(小児まひ)のためのキャンプを実施。近年では、心身に障害のある人、成育環境に困難を抱える人、外国にルーツを持つ人など、あらゆるバックグラウンドの人が年齢や立場を超えて無条件に共に過ごす「One Camp」を実践してきた。
社会の隅に追いやられがちな人々が中心となり、健常者の子どもたちと共に笑い、遊び、時にぶつかり合いながら互いを受け入れるその光景は、まさに分断のない平和な社会の縮図であり、聖書の説く隣人愛が息づく「奇跡の楽園」であった。

しかし今、このかけがえのない場所が、経済合理性の波に呑まれようとしている。島は今後、レジャー施設になる可能性が高いという。お金を出せば何でも好きなだけ「消費」できるリゾート施設での体験と、個人の自由と共同体での生活を両立させ、対話と包摂を泥臭く体得していく余島での経験は、その意味合いがまるで異なる。キャンプ・ディレクターの阪田晃一氏が「いくらお金があっても、75年かけても、ここと同じものはつくれない」と語るように、人々の祈りと実践が積み重なって生み出された「家付き酵母」のような独自の空間は、一度壊されてしまえば二度と再生することはできない。
余島キャンプの閉鎖は、単なる一施設の終了にとどまらない。それは、学校や家庭の枠を超え、誰もがアクセスできる「公共的な学びと関係性の場」が社会から失われつつある現実の象徴である。効率や利益ばかりが優先され、若者が未来を信じる「希望」そのものが力を失いつつある現代社会において、経済合理性の前に対話と共生の居場所が消滅していくことは、時代を象徴する出来事だと言わざるを得ない。

1950年代の余島キャンプ
神戸YMCAは、この閉場を単なる終わりとはせず、「公共的な学びの場を社会でいかに再構築するか」という問いを社会に投げかける契機と位置づけている。3月28日から3泊4日で、社会学者の宮台真司氏を招き、「崩壊を加速させよ――<希望>という言葉が力を持たない時代の青少年育成とは」を主題とした「余島ユースフォーラム」を開催し、最後まで対話と討議を続ける姿勢を示している。
申し込み・問い合わせは神戸YMCAの特設ページ(https://kobeymca-yoshima.jp/center/news/post4661/)まで。














