教会の外から拓く信仰の入口 『キリスト教入門の系譜』刊行記念で著者と「3おじさん」がトーク 2026年4月7日

『キリスト教入門の系譜』(中央公論新社)刊行記念講演会「教会の外から始めるキリスト教の楽しみ方――入門書と日本人の近現代」が3月20日、東京・八王子の生涯学習センター「クリエイトホール」で開かれ、著者である宗教学者の岡本亮輔氏に加えて、同書でも紹介された「東方の3おじさん」こと作家の清涼院流水氏、上馬キリスト教会のSNS発信で知られるMARO氏、本紙編集長の松谷信司の3人が登壇した(くまざわ書店八王子店主催、中央公論新社協力)。
岡本氏と大学院時代に親交のあった吉良賢一郎氏(単立めじろ台キリストの教会牧師)が、教会と近所付き合いのあるくまざわ書店の社長に同書を勧めたことから実現した企画。
冒頭、日本のキリスト教徒が人口の1%未満にとどまるとされる現状について岡本氏は、この数値が示す「ねじれ」を指摘。洗礼や礼拝出席を基準とするキリスト教の厳密な数え方に対し、神社仏閣への緩やかな関わり(檀家、氏子など)も含めて信徒数と数える仏教、神道の尺度で考えれば、実質的な関係人口は大きく増える可能性がある。遠藤周作や三浦綾子による文学作品の読者、ミッションスクール出身者など、教会に属さない「潜在的キリスト教徒」とも言うべき裾野の広さが確認された。
続いて話題は、キリスト教受容における「翻訳」の問題へと及んだ。MARO氏は、聖書の日本語訳に見られる過度に丁寧な言い回しが、宗教としての堅苦しさを助長しているのではないかと指摘。「主(しゅ)」という語の響きに違和感を覚える層に向け、自身の著作では必ず総ルビで統一していると語った清涼院氏は、フランシスコ・ザビエルが伝えた「デウス」が「大日如来」と理解された歴史を引きつつ、翻訳が信仰理解に与える影響の大きさを強調した。また、遠藤文学に見られる「弱いイエス」像について、作家自身の内面の反映ではないかとの見方を示し、自身は聖書から読み取れる「力強いイエス像」を提示していきたいと述べ、表現の方向性の違いを明確にした。
後半では、教会と現代社会の接点について議論。上馬キリスト教会によるSNS発信が教会の敷居を下げ、新たな来訪者を生み出している実例が紹介された一方、MARO氏は、教会がテーマパークに勝とうと娯楽性を競うのではなく、礼拝そのものに誠実に向き合うことが本質的魅力であると強調した。
カトリック、福音派、主流派という異なる立場の登壇者が共演する「東方の3おじさん」の活動もまた、教派間の違いを超えて相互理解を深め、キリスト教へのイメージをより柔軟に、親しみやすくする可能性があるとの期待が寄せられた。
約60人の参加者で満席となった会場は終始和やかな雰囲気に包まれ、講演の終了後にも活発な質疑応答が交わされた。














