【この世界の片隅から】 同性パートナー登録条例案をめぐる香港教会の声 胡 清心 2025年8月11日

 2020年に「香港国家安全維持法」(国安法)が施行され、さらに選挙制度が「愛国者による香港統治」へと再編されて以降、香港社会では言論の自由が急速に狭まり、市民の政治参加熱も急激に冷え込んだ。今や、議会にあたる立法会で審議・可決される法案や条例が、社会的な反響を巻き起こすことは稀である。かつてのように、市民団体や宗教組織が政府の政策や法案に対して公開で声明を出し、声を上げる場面も少なくなった。

 そうした沈黙を破るかのように、最近立法会で審議された「同性パートナー関係登録条例草案」は、久しぶりに議論を呼び起こした。なかでも、香港の教会が再びその内側から声を上げ始めたことは注目に値する。この法案は、香港の教会内で20年以上くすぶってきた「性」をめぐる文化戦争を、改めて表面化させることとなった。

 民主派団体「民間人権陣線」(2021年8月に解散)の元召集人である岑子杰(ジミー・シャム、1987生まれ。2021年に国安法違反で逮捕、51カ月収監、今年5月に出獄)は、政府が海外で登録された同性婚やパートナーシップを承認しないことに対し、司法審査や上訴を繰り返してきた。2023年9月、終審法院(最高裁判所)は彼の主張を一部認め、同性カップルに婚姻以外の法的承認を提供していない現行制度が「差別的であり違憲である」と判断した。そして政府には、2025年10月までに同性パートナー関係を法的に認めるための「代替的枠組み」を制定するよう命じた。

 しかし、判決から2年が経っても政府は市民向けのパブリック・コンサルテーション(意見募集)を実施せず、法案の行方は不透明なままだった。そうした中、2025年7月2日、香港政府は突然、代替枠組みとしての「同性パートナー関係登録」制度を立法会に提案する文書を提出した。そして7月10日には草案が正式に立法会に提出され、翌11日に官報に掲載。7月16日には第一読会が行われ、逐条審査が始まった。パブリック・コンサルテーション期間は7月29日までとされたが、公聴会は開かれず、意見書の提出のみが許された。

 草案によれば、対象となるのは「香港以外の地域で、現地法に基づいて有効に登録された同性婚、同性パートナーシップ(civil partner-ship)、あるいは同性の民事結合(civil union)」であることが条件とされる。登録できた場合には、病院での面会や医療判断、臓器移植、死後の事務手続きといった限定的な権利が認められる。

 立法会の審議では、「愛国者による統治」原則に即して選出された複数のクリスチャン議員が反対を表明した。なかでも梁美芬(プリシラ・リョン、1960年生まれ)議員は、同制度が「パンドラの箱を開ける」ことになり、やがて同性婚の全面承認に向かうのではないかと懸念を示した。

高等裁判所の前で活動する岑子杰(2020年5月29日、同氏の公式Facebookページより)

 こうした政治的反発に呼応するように、保守的なキリスト教界も一斉に反対の声を上げた。カトリック香港教区の「性の多様性文化グループ」や、香港で最大規模のメガチャーチとして知られる中国基督教播道会恩福堂(Evangelical Free Church of China)は民間団体として反対意見書を提出。さらに、400以上の教会が加盟する超教派組織「華人基督教聯会」は、信徒に対し「ひとり一通の手紙」で政府に反対意見を送るよう呼びかけた。福音派の市民団体「明光社」や「香港性文化学会」も反対声明を出し、メールを通じての意見提出を促した。

 一方で、声は小さいながらも、教会内には異なる立場も存在する。例えば、同性愛者のための教会「基恩之家」や、LGBTQ+に友好的な教会団体「彩虹之約」などは、法案への賛同を表明し、平等な権利拡大を期待する声明を出した。だが、彼らの声が主流派にかき消されているのが現状である。

 このような力の非対称は今に始まったことではない。1997年設立の明光社は、「福音派の立場からメディア文化、社会倫理、性文化に関心を持つ」団体として、長年にわたり性に関わる政策に強い影響力を及ぼしてきた。香港性文化学会とともに、請願やロビー活動、学校教育などを通じて、一夫一婦制や家族の価値の擁護、また婚前性交渉・ポルノ・同性婚の合法化への反対運動を推進してきた。「性指向差別禁止条例」がいまだに制定されていないことも、こうした保守的運動の成果とも言える。

 今回のパブリック・コンサルテーションでは、立法会に寄せられた意見書は1万件以上に上り、うち72%が反対であった。一方で、2023年に香港大学が実施した世論調査では、市民の約60%が同性婚を支持し、反対はわずか17%にとどまっている。政府や教会が主張する「社会の声」と、実際の市民意識との間に、明らかな乖離があるのではないか。

 7月31日には、LGBTQ+コミュニティと支援者のための交流イベント「香港ピンクドット(Pink Dot HK)」が、例年通り西九文化地区での開催を申請したものの、理由の説明もなく却下された。こうした動きは、香港における「集会の自由」がさらに制限される兆候と受け止められている。さらには、中国大陸におけるLGBTQ+への制度的抑圧が、香港にも本格的に及び始めているのではないかとの危惧も広がっている。

(原文:中国語、翻訳=松谷曄介)

 フー・チンシン 上海生まれ、香港在住。香港中文大学、文化・宗教学研究科で博士号を取得。現在、2021年に香港で設立されたエキュメニカル志向の単立教会Hub Churchが運営するメディアHub Channelの編集担当。猫4匹を飼育。独学で日本語を勉強中。

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