【この世界の片隅から】 中国家庭教会の大規模取り締まりとその影響 松谷曄介 2025年11月1日

 中国の非公認教会「家庭教会」を代表する「シオン教会(錫安教会)」が、今年10月に全国規模の取り締まりを受けた(本紙10月21日付既報)。拘束者は牧師や教職者ら約30人に及び、主任牧師の金明日氏も含まれている。家庭教会に対する取り締まりとしては、2018年の成都の「秋雨之福聖約教会」事件以来の大規模なものであり、アメリカ政府がただちに釈放を求める声明を出すなど、国際的にも波紋を広げている。宗教をめぐる問題が米中関係の新たな火種となる中で、この事件は現代中国の信仰と国家の関係を映し出す象徴的な出来事となっている。

2018年以来最大規模の取り締まり 北京シオン教会が緊急祈祷を要請 2025年10月13日

 「家庭教会」という名称は、1950年代末から70年代初頭にかけて、共産党政権下で公に集会を行うことができなかったキリスト者が、家庭で密かに礼拝を守っていたことに由来する。1980年代の改革開放以降は、政府公認の「三自愛国教会」に登録しない非公認教会を指す一般的な呼称として定着した。従来の家庭教会は農村部を中心としていたが、2000年代の経済成長と都市化の流れの中で、都市のオフィスビルやホテルの一室を借り、そこを「教会堂」として礼拝を行う「都市型家庭教会」が多く出現するようになった。信徒の多くは高等教育を受けた中間層であり、教会は知的で開かれた空間として社会的影響力を増していった。こうした動きは「家庭教会の公開化」と呼ばれ、2000年代の中国社会の自由化を象徴する現象でもあった。

 当時の中国社会には、経済成長の高揚感とともに、宗教活動を一定程度黙認する寛容さがあった。三自愛国教会も信徒数を大きく増加させたが、それ以上に目覚ましかったのは、この都市型家庭教会の急成長である。しかし2010年前後から、当局はその拡大に警戒を強める。上海の万邦教会、北京の守望教会など、大規模化した都市型家庭教会が相次いで摘発された。いずれも信徒数が1千人を超え、特に守望教会は多くの大学研究者や若年層を惹きつけていたこともあり、当局はこうした大規模化した都市型家庭教会を「見せしめ」として取り締まることで、家庭教会全体の萎縮を狙ったとみられる。

2018年までシオン教会の礼拝堂があったオフィスビル(筆者撮影)

 2012年に習近平政権発足後、宗教統制が段階的に強化され、2019年の秋雨之福聖約教会への一斉取り締まりでは、主任牧師の王怡氏が「国家政権転覆扇動罪」で9年の禁錮刑に処された。説教の中で社会批判を公然と行ったり、天安門事件を追悼記念する祈祷会を開催したりする王怡氏の拘束は、教会が政府の統制外で自治的政治組織となりうることに対して、中国政府が強い危機感を持っていることを示している。

 一方、北京のシオン教会は比較的穏健な立場を保ちながら活動を続けてきた。2007年に金明日牧師が創設し、短期間で約1500人の信徒を擁する都市型家庭教会へと成長した。同牧師は「Back to Jerusalem運動」(中東・イスラム圏への宣教を目指す運動)や「中国宣教2030運動」(2030年までに2万人の海外宣教師派遣を掲げる運動)など、世界宣教を視野に入れた運動の中心的存在であり、家庭教会のリーダーの一人として広く知られていた。2018年にはオフィスビルのワンフロアを借り切っていた「教会堂」が当局により閉鎖されたが、主任牧師の金明日氏は拘束されず、その後も同教会はオンライン礼拝や小規模集会を通じて教会活動を継続した。コロナ禍を経ても活動は衰えず、むしろ全国約40都市に「枝教会」を展開するまでに至った。このように分散しつつ拡大していくネットワーク型のシオン教会は、当局にとって制御不能に拡張していく細胞組織のように映ったのかもしれない。

 インターネット上の宗教活動を規制する法律は、2021年の時点ですでに「インターネット宗教情報サービス管理規定」が制定されていたが、今年9月にはさらに「宗教職務者インターネット行動規範」なるものが制定されたばかりだった。今回のシオン教会の取り締まりが「違法インターネット情報宗教伝播罪」と称される名目で進められているのも、家庭教会の活動が、小規模な対面集会とインターネットやSNSを活用したオンライン活動を組み合わせた「ハイブリッド型」によって、むしろ活発化していることへの警戒感の表れでもあろう。「万邦」「守望」「秋雨」と代表的な家庭教会を順に抑え込んできた当局にとって、シオン教会が教会堂の閉鎖後もハイブリッド型で成長を続けたことは、看過し得ない動きであったに違いない。

 この10年、中国の家庭教会では、かつての「公開化路線」の時のように物理的な空間としての「教会堂」を中心とした集会が難しくなる一方で、ネット空間やSNSを活用した教会形成が進展していた。小規模人数での対面とオンラインを組み合わせたこの「ハイブリッド型教会」は、監視社会の中で信仰者たちが自由の余地を見いだす試みであり、同時に新たな教会形成の試みでもあった。

2018年まで使用していたシオン教会の礼拝堂(筆者撮影)

 しかし今回、明らかになっている限りではキリスト教会に対して初めて「違法インターネット情報宗教伝播罪」が適用されたことで、シオン教会ほどの規模ではないにせよ、同様にハイブリッド型で礼拝をしている他の教会群にも一定の萎縮効果をもたらすとみられる。今後、家庭教会にとってネット空間を活用した礼拝などが困難となると、公開化路線以前のように分散型の小規模集会の道しか残されていないのだろうか。あるいは、なお新たな道を模索していくのだろうか。

 最後に、こうした中国大陸における宗教統制の強化と、日本の華人教会(中国系教会)の増加との関係について触れておきたい。日本に住む外国人は2015年には223万人だったのが、2025年6月の時点で395万人と、10年間で2倍近くに増加しており、その内、中国人は2015年に約65万人だったのが、2024年末時点で87万人とされていることから、2025年現在は90万人ほどと考えられる。こうしたことを背景に、日本国内の華人教会や定期集会が2017年の48カ所から2024年は112カ所に増加していることが報告されている(詳細は佐藤千歳氏による2025年3月1日付、9月11付本欄を参照)。

【この世界の片隅から】 中国からのクリスチャンと日本の教会 佐藤千歳 2025年3月1日

【この世界の片隅から】 日本の在来教会に通う中国人信者たち 佐藤千歳 2025年9月11日

 こうした華人教会の増加は、単にビジネスや留学目的での日本移住というだけでなく、中国国内における厳しい宗教統制を逃れ、ある意味「信教の自由」を求めてという動機での日本移住者も少なからずあることを忘れてはならないだろう。筆者自身、この数年間に、自由な信仰生活や伝道活動を日本移住の理由とする中国人に何人も出会った。日本の諸教会は、中国国内の宗教迫害を祈りに覚えるとともに、日本国内の私たちのすぐ近くに多く存在し始めている中国の兄弟姉妹とどのように関わり、どのように宣教の歩みを共にしていくのかが問われている。

 まつたに・ようすけ 1980年、福島県生まれ。金城学院大学准教授・宗教主事、日本基督教団牧師、博士(学術)。国際基督教大学(ICU)、北京外国語大学、東京神学大学、北九州市立大学を経て、香港中文大・崇基学院神学院で在外研究。専門は中国近現代史、中国キリスト教研究。「キリスト新聞」編集顧問。

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