『福音派』で注目の加藤喜之氏が東京女子大で講義 「多様な生き方が保障される社会を」 2025年11月24日

中央公論新社から出版した『福音派 終末論に引き裂かれるアメリカ社会』がわずか2カ月で6刷を重ね、さまざまなメディアで注目される中、著者である加藤喜之氏(立教大学教授)が11月6日、東京女子大学(東京都杉並区)で米福音派と政治との関係などをテーマに講義を行った。同大学人文学科哲学部会の主催によるもので、大学1年生を中心に400人以上の学生が受講した。
福音派の歴史的背景について加藤氏は、保守的宗教運動としての台頭を、1960年代のカウンターカルチャーへの反発として位置づける。公民権運動、フェミニズム、LGBTQの権利擁護など、「文化的リベラリズム」が社会を変える一方で、特に南部の白人保守層には「古き良きアメリカ」の伝統が脅かされてきたという被害者意識が根強くあると指摘した。
さらに、9月に起きた保守活動家チャーリー・カークの暗殺事件を取り上げ、追悼式に約9万人が集まり、トランプ大統領が10月14日を「チャーリー・カーク記念日」とする大統領布告を発したことを紹介。福音派運動の〝殉教者〟として祭り上げられる過程から、家父長制的ジェンダー観を推進してきたカークの思想が政治へ直結している現実を明らかにした。
また、心理学者のジェームス・ドブソンが提唱した「従順な女性」「献身的母親」という理想像や、性的エネルギーを家庭内に閉じ込めることで文明の秩序を守ろうとする思想を紹介し、1970年代の男女平等憲法修正案(ERA)が批准されなかった背景にも、こうした宗教右派の強い反発があったと述べた。
最も深刻な影響として加藤氏が挙げたのは、中絶規制の強化である。福音派は1973年のロー対ウェイド判決を半世紀近くにわたり攻撃し続け、2022年に保守派が多数を占めた最高裁によってついに判決が覆された。現在、多くの南部州で中絶はレイプや近親相姦であっても全面禁止、または妊娠6週以内という極端な制限が課されている。加藤氏は「宗教思想が実際の法律となり、女性の身体の自由を制限している」と強調した。
結びで加藤氏は、日本でも夫婦別姓や緊急避妊薬のアクセスなど、ジェンダーをめぐる課題が未解決のまま残ると指摘し、「思想は社会を動かし、社会は人の生き方を規定する」と語り、多様な生き方が保障される社会の必要性を訴え、学生たちに「自分の言葉で議論し、知を深めてほしい」と呼びかけた。
講義の後、学長の森本あんり氏からのコメントと質問に応答した加藤氏は、アメリカ社会は「神(God)」と「金(Gold)」という二つの要素で支えられていると指摘した上で、先住民の土地を奪取しながら新しい秩序を作り出す必要があったという特殊性を強調。直近で24%ほどの若者が教会に通うようになったという調査結果を引用し、カリスマ的な要素を持つペンテコステ派や保守的なカトリックに惹かれる若者が増えていると解説した。
現代の政治的対立の本質は左右の対立ではなく、富裕層と一般市民の間の対立であると指摘。注目すべき女性リーダーとして、バーニー・サンダースの選挙をサポートした社会民主主義者のアレクサンドリア・オカシオ=コルテスを挙げた。
受講した学生に対しては、予想外の出会いがある書店の価値を強調し、専門家が分かりやすく解説した新書から始め、選書、専門書へと段階的に読書のレベルを上げていくことを勧めた。


















